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成長とはなにか?『定義編』

成長とは?

 

ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【リンク】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方  (※自問自答の方法 記載)
ーーーーーーーーーーーーーーーー
f:id:shin-910710:20170323044531j:plainこのお題は日本に住む社会人であれば、
誰もが一度は考えるものではないでしょうか?
 
以前の記事でお題としましたが、
いかがお考えでしょうか?
 
 
さっそく私の定義を紹介したいと思います。
 
成長とは?
拡大する事
 
①成長限界まで大きくなる成長
②型(成熟)を目指し拡大する成長
 
①は主に、物理的成長など
②は、各々の型に向けての成長
   例 能力 人格 人間像 組織  存在 職人 ・・
   型に向けて成長していく。
 
例えば
どんな人間になりたいか?
=型(成熟)は、人により異なる
 
どんな人が大人か?
型(成熟)は、文化や社会により異なる
 
どんな人が一人前の大工か?
=型(成熟)は、業界や国により異なる
 
 
つまり、型は自由に形成される。
 
主に人々は
職業で求められる型
住む国の社会人として社会から期待される型
はまるため成長しようとする。
 
それ故に悩んだりもする。
自分のなりたい姿ではない事もあるから。
 
(この違和感については、今後のべていきます)
 
 
型(成熟)の基準?
立場により異なる
よって
型は無数に存在する
 
 
 

善・悪とはなにか?『応用編』

善・悪とは?
 
 
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f:id:shin-910710:20170321010533j:plain

 
今回は、善・悪という、大きなお題ですが、
皆さんはこのお題をいかがお考えでしょうか?
 
私の定義にはしっくりくる方もおりましたでしょうか?
毎度の事なのですが、重要なお題なので、
 
『私の定義』とは?をご覧になっていない方もおさらいとして以下応用編の説明をしますね。
 
”善” に対する定義を考える時に、
アウグスティヌスの告白ですとか、
プラトンイデアですとか、
 
そういうものから引用しても、
そうとしか言いえない原理は知る事ができても、
あなたの主観で捉えた世界観・本質観というのは全く違うはずです。
 
そして、あなたの主観で捉えた世界こそあなたの目にうつっている世界の筈です。
 
 
動物にとって、世界はカラフルではありません。
人間に紫外線・赤外線は見えません
   超音波は聞こえません
子供にとって、モスキートーンは聞こえない音ではありません
 
世界はカラフルなのか?単色なのか?眩しいのか? 騒がしいのか?静かなのか?
 
どれが”本当”の”それ=定義”なのか?
それははっきりわかりません。
 
 
 
 
それぞれの立場からそれぞれ実感できる事こそあなたの見ている世界です。
 
”外”からいくら情報を得ても、私の定義をご覧になったとしても、
その定義に納得ができていなければ、あなたの定義は違います。
 
しかし、納得ししっくりきているようであれば、その対象物に対する見ている世界が
近いということでもあります。
 
 
あなたの思うように。あなたが定義づけるように世界は存在し、
あなたが思うように、あなたは悩みを抱えたり、喜んだりします。
 
故にあなた自身の答えを持つことは、あなた自身を知ることにつながり、
あなた自身の世界観を知る事は、世界を理解する事に繋がるのです。 
 
 
なんだか、書いていて壮大なお話に見えますが、とても、単純な話です。
 
 
 
 
 
それでは毎度の説明を終えて、
今回の定義
 
善・悪とは何か?の応用をしていきたいと思います。 
 
 
今回の私の定義はこちらです。
善とは?
【各々のルールの範囲内】
悪とは?
【各々のルールの範囲外】
 
【善悪の基準は無数にある】
【立場により善悪は異なる】
 
ーーーーーーーー
悪人とは何か?
 
解釈
悪人とは私の定義によると、
ルールの範囲外の人】となります。
 
悪人と言われるには、自問自答は省略しますが、
①内心
②行動 
それぞれが悪(ルール違反)の場合とがあります。
よって
悪人とは?
ルール範囲外の欲求を抱く 又 行動する人間】となります。
 
世間一般で言われる悪人と判断する為のルールは、『法律(主に刑法)』 だと思います。
 
具体的に言えば
例①強姦したいという欲求を抱く人(内心) 
 ②強姦するという行動をする 人(行動)
このような人を悪人と呼ぶ。
 
ここは注目して欲しいのですけれど、、
ルール違反とされる欲求を抱くだけで、彼は悪人なのです。
 
他人が勝手に決めた法律を、超えた欲求を抱いた時点で悪人であり、 
それを行えば犯罪者と呼ばれるわけです。
 
 
なぜこの世には犯罪組織が堂々と存在しているのか?
 
解釈
悪人を定義づけしているとわかりやすい問ですね。
 
悪人とは『法を超える欲求を抱く者』でもあると言いましたが、
法を超える欲求をどうしても抱いてしまう人間に”欲求を持たせない事”は可能でしょうか?
 
考えてみると、そう簡単ではありませんね。
チョコを食べたい人にチョコを食べたいと思わせない事。 
これは教育・社会の構造の問題でどうにかする他ないと思います。
 
しかし、その間にも悪人は常に生まれてくるのです。
 
 
彼らは肉食獣のようなものだと思っています。
生まれた時から肉食なのか否かはわかりませんが、
肉を食わなければ(犯罪となる事をする)、
ストレスでやってられない。
 
 
だから、国に我が身を守ってもらい世話してもらいながら
国の法を破る外道として、この世に存在していく事になる。 
 
 
その時、制御するのはもちろん国による拘束・懲罰でありますが、
 
目の届かない場所でこそこそと肉を喰らう者たちがいて、
そこには、同じような肉食獣たちが集まったとします。
 
その肉食獣は
暴力・脅迫・強奪・強盗・○人・強姦・薬物・詐欺・ぼったくり等を繰り返し、
様々な悪人たちによる無法地帯が生まれます。
 
そこには人間の歴史上、暴力や威圧により、支配する欲求を持つ者(国家)が登場しますよね。
自らが利益などを独占しようとし、その他のものがその犯罪的な欲求を満たそうとすれば
他を威圧、暴力により支配しようとする。
 
これが犯罪組織ですね。
つまり、犯罪組織は国のようなものだと考えています。
 
 
国側からすると、
どうしても生まれてしまう悪人を全て捕まえていてもキリがない。
捕まえず始末してしまうと考えたとしても
これもやたらと、始末してしまい抑圧する事は、他国や国民の反発を招き、
国民の支持を得るべき国の信用が傾きかねないし、コストもかかる。
(犯罪組織との決定的な国の違いは
国民の支持があるか、ないか。でしょう
 
犯罪組織とは、ずーっと昔の国家の姿そのものなのではないか?
と考える事もできます。)
 
そこで、自分(国)より弱い 
悪人達を支配する力があるならば、利用する他ない。
 
よって、教育・社会の構造が改善されるまで、
全国各地に国による取り締まりが行き届くまで、
国民の法律を超えた欲求が世界からなくなるまで、
 
悪人を支配する悪人の存在の肯定したほうが手っ取り早かったという事でもあると思います。 
 
 
故に全国各地の取り締まりが強化されてきた今、彼らを残す必要がなくなり、一斉に取り締まったのではないかと、このように推測する事もできますね。
 
 
『人類全員が幸福になればいい?』
 
解釈
ここまで、幸福とは何か?
【継続的満足(継続的欲求達成)】
悪とは何か?
【ルール範囲外】
と考えてきましたが、
 
私にとってこの言葉は
言葉足らずである事がわかります。
 
深く考えなくとも、
悪人全員の欲求が継続的に叶う事が悪人の幸福ですが、
それを望む事はありえないですよね。
 
『人類全員が幸福になればいい。』というのは
当然のように、悪人が入っていない事になりますね。
それは人類全員ではない。
 
つまりこの言葉は、矛盾してます。
 
 
 
人類全員を幸福にするのなら、
 
①自発的に抑える
全人類がそれぞれの国の法
又は
世界に1つの法
以内の欲求しか求めない教育の整った世界
 
②強制的に抑える
上記ルールを超えた欲求を持つものは捕まえて更正させるような仕組み
(アニメ:『サイコパス』のような感じ)
 
など方法は限られてきますね。
 
 
ーーーーーーーーー
 
 
長くなりましたが、
 
 
今回も応用編はいかがでしたでしょうか?
 
このようにして、様々な形で定義は利用可能です。
 
ぜひあなたも、作成してみてください。
 
 
お役に立てるよう、一つお題をだしますね。
 
 
 
 
あなたにとって、
『成長とはなにか?』
 
ご覧いただきありがとうございました。
 
 
 
 
おまけ
 
私がネットを見ている時に
毎日寝る前に、一つの物事についてお題をだして、考えるようにしている。
という方がいました。
 
まさに私のやっている事はそれですね。
その行いがいかに大事か。
 
これを幼い頃から繰り返しておけば、
更に思考も洗練されていたのではないか。
 
そう考えて今、ブログを書いています。
 
 
これからの若者に、今生きる大人達に、
どうか、定義を作成して欲しい。
 
そして、もっと充実した自分の人生を歩んで欲しい。命を使い切って欲しい。
 
そう願います。
 

善・悪とはなにか? 『定義編』

善・悪とは?
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大きいテーマですね。

 
 
さっそく私の定義を紹介します。
 
善とは?
各々のルールの範囲内
悪とは?
各々のルールの範囲外
 
・各々?
     = 法律
団体 = 規則・教え・社則・契約
個人 = 信念・倫理観・欲求の達成・防御
 
 
もう少し説明
 
・1人の人間しかこの世にいない場合。
①本人にとって善いと思う事が善
 
・3人のABCがこの世に存在する場合。
①Aにとって善いと思う事がAの善
②Bにとって善いと思う事がBの善
③Cにとって善いと思う事がCの善
④世界(ABC)
3人で善いと(公平・対等に)定めた事や慣習が世界の善
⑤国(AB)
2人で善いと(公平・対等に)定めた事や慣習がABが住む国の善
⑥個人・法人・その他団体(C)
Cが善いと思う事がC社の善
そして、
それらの各々の範囲外(害すれば)は
 
以上から
善悪の基準は無数にある
そして、
立場により善悪は異なる
(CにとってBの善やABの善がCの善と一致するとは限らない。Cから見れば悪になりうる。)
 
 
 
 

仲間・同盟とはなにか? 『応用編』

仲間・同盟とは?


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いきなりですが、

これから記事を書くにあたって、

私の定義に”しっくりきた方”を『同観の人』と名付ける事にします。

(同じ世界観の人という意味でもありますし、同じ本質観という意味でもあります。)

 

 

 

早速本題の応用編には入ります。

 

私の定義をご覧になっていただいた際に、しっくりこなかった方のため、

仲間とは?』の定義の応用としての例を出しておきましょう。

 

・趣味仲間 ・地元仲間 ・共闘仲間 ・職場仲間 

 

このように様々な形の”仲間”が存在します。

 

全てある目的のため、協力する関係にある。というのが私の定義です。

 

 

この定義を使っていくと、世の中の言葉について、

どんな意味合いで使われているのか、

私の世界観、本質観から見ていくと、このように捉える事ができます。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

①戦友って?

 

解釈

 一緒に戦った仲=敵を倒すという同じ目的を持ち、協力し合った人物

 つまり、私の定義では、【『戦友』=『仲間の一例』】という解釈になる。

 

 

 

②困った時に助け合うのが本当の友達?

 

解釈

 これは、私の定義では『仲間』であって、『友達』ではない。

 『人生を善く生きる等・・他 のため、協力しあう。』地元仲間のようなものだろうか。

 

 

③友達なんかいらないって  引用:タモリ(名言)

 

解釈

 タモリさんの言うところの友達は知らないが、

 この言葉に対する私の解釈は 

 『利害関係(友情)の繋がりはいらない、真の友がいればいい』と取る事ができるし、

 『利害関係の繋がりはいらない、ただの利害関係にとらわれるな』ととる事もできる。

 いずれにしろ、名言であるから文が少なく、言葉たらずとも言える。

 

 

④友達とは、遠慮せず相手の過ちを指摘できる人。引用:ー

 

解釈

⒈本音を言い合える価値 

⒉相手を正しい方向に修正できる価値  のある人を友達と捉えているようだ。

それは私の定義で言えば、

本音を言い合える存在として相手に価値を感じているだけの、

『友達の一例にすぎない。』よって、この人は私から見れば、本質観の違う人である。

 

⑤人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる

引用:シェイクスピア

 

解釈

悲しみはわけあう事ができる。 という新たな懐疑が出てくるが、

悲しみを分け合える友情価値があるという事は、内面の価値であるだろうから、

”本当の友達”の場合だろうとも言える。

 

⑥友人はあなたのためでなく、自分の利益のために忠告する。 引用:トルコ諺

忠告して友人を止めるパターンには色々ある

①道を踏み外していると思うから、そこから救おうと忠告するパターン

 (つまり、仲間 兼 友人である場合)

②遠くにいってしまう気がする、または置いていかれる気がするパターン

 (友人の場合)

・・

 

確かに、どちらも自分のためだ。

悪い方に向かう友人を止めるのは、友人のためになるかは結果論である。

しかし止めないと自分が許せないのだろう。自分のためという事になる

または、仲間として助けるとしても自分のためだ。

 

遠くに行くから止めるというのは足を引っ張ろうとする者の典型である。

もちろんこれも、自分のためという事になる。

 

確定的ではないが・・

『忠告』という行為は

”相手のために行う事は人情的に少ない”という諺なのだろう。

というような解釈

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

以上で今回の応用編を終える事にします。

 

 

 

 

仲間・同盟とはなにか? 『定義編』

仲間・同盟とは?

 

 
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仲間・同盟とは?
それぞれの目的のための、
    協力関係
  "目的"があり、その"協力"をしあう。
 (同盟は主に共闘の協力関係)
 
 
 
某漫画雑誌で言うところの
本当の仲間とは?
それぞれの目的よりも、
   仲間優先する関係
 
言い換えれば、
仲間関係の継続(目的)のための、協力関係
とも言える。
 
 
 
 
 
例てみよう・・
『車のタイヤ』
 
通常の仲間・同盟
4輪タイヤのうち、
一つが傷つけば、
それぞれ協力して補助をしあえば、
一つのタイヤで目的地を目指すよりも、
辿り着ける可能性も高まる。
 
しかし、一つがひどく損傷し、
足を引っ張るようであれば捨て置き、
交換したほうが、目的の達成はしやすくなる。
 
これが通常の仲間・同盟関係です。
 
 
本当の仲間
一つがひどく損傷し、全体の足を引っ張り、
"協力関係が逆に負担になっても"
それぞれの目的よりも前提に、
"仲間の一つが欠けるなら目的を捨てても良い"
と考えるか
"仲間の一つを助けないクズになりたくない"
というような信念を持つ者達による
仲間・同盟関係を言う。
 
 
 
現実的に見れば本末転倒も転倒
大転倒です。
 
仲間が増えれば増えるほど、
"目的達成の可能性が低くなる仲間関係"
でもあるのだから。
 
助けられたほうも、不甲斐ないばかりであるし、
それで、共倒れし全てのタイヤがパンクすれば
さらに申し訳ない。許されても自分で自分を許せるでしょうか?
 
 
きっと現実では
ぬるま湯、甘ちゃんと言われるでしょう。
しかし、そこにはなにか、譲ってならない道徳性を感じます。
熟考の必要がありそうですね。
 
 
 
 
 
 
 
 

友達・親友・本当の友達とはなにか?『おまけ編』

友達とは?


ようこそ

このブログでは、
人生とはなにか?生きる意味は?
など、人類の難問に正面から
私自身が問いを投げかけ【私の定義】を作成し、公開する事により

人類の子孫(人類の後輩)たちが
・人生の早い段階で世界を解釈し
・自分自身の『意見』を形成し
・後悔のない人生を歩むために
・料理(作品)の食材(知性)として、誰かの役に立つために・・etc
作成します。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
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おまけです。

今回

"本当の友達"を失う現代人の悩み
の解決方法 

を紹介しておきます。




その悩みとは?

本当の自分と偽物の自分がよくわからなくなってきている。そして最近孤独を感じる

という悩みです。

はて?偽物の自分とはそもそも?と思う方は大丈夫です。
わかるわかる。という方は必見です。







以前の記事で、
私は友情価値を
①内面の友情価値(性格 考え方 
②外面の友情価値(地位 金 容姿

①に需要を感じ合い価値を交換し合う人が
"本当の友達"なのだと定義したことを紹介しましたね。



つまり、本当の友達は、
"aありのままの"あなた"に価値を感じて付き合いをしているということですね。

それは、本来のあなたであり、
着飾らないあなたでもあります。


もしあなたが、
気持ち悪い思考回路で、臆病で、
サイコパスで、世間から疎まれていて、
バカで鈍感でクズで貧乏

だとしても、
あなたの性格に魅力を感じている人、その人は本当の友達です。(あくまでも私の定義)


ここで、重要なのは、
"本当の友達"の前では"ありのままの"自分で良い。ということです。


しかし、
普段私達は、"ありのままの"姿で日常を送っているでしょうか?
そう、
私達社会人は、"ありのままの"姿で人前に出ることはありませんね。

以前述べましたが、
社会に受け入れてもらうために、
敬語やマナーを守る事は内面を覆い隠すことであり、偽物の自分を演じるということです。女性なら化粧もしますね。

また、
欲しい物(富 名誉 地位)を手にする為にはもちろん処世術など、偽物の自分が必要になり、偽物の自分を演じることになります。

故に
本当の友達の前の自分
                    =ありのままの自分

欲しい物を手にするための自分
                    =偽物の自分
(職場お父さんと家のお父さんのようなもの)


このように、TPOで自分を切り替える必要があるわけです。





ここで、悩みの根本原因を答えます。


想像してみてください。



友達の前で、
仕事終わりに、お休みに、
"欲しい物を手にするための偽物の自分"
を演じてしまった場合、どうなるでしょうか?



本来、"本当の友達"は、
自己の内面や考え方等に価値を置いてくれたが故に本当の友人だったはず。

それを偽物を演じたままで友人に継続的に会ってしまうと、どうなるでしょう?



①自身の立場
どっちの自分に価値を置いてくれているのか?
ありのままの自分を肯定してくれる人は自分の周りにいるのか?
疑問に思えてくることになります。

友人の側
その変化により、
友情価値を見いだせなくなるかもしれません。
また、距離を感じる事になるでしょう。
高い確率で友達とは距離ができます。
("本当の友人"に対し、マナーを気にしてそそくさとしたり、図々しい行動を遠慮したり・・)



こうして、人は良き理解者を失い、
自ら、孤独に陥り、
⬇︎
そして、理解者との付き合いをなくし、
欲しい物を追い求める偽物の自分を継続的に行い続ける事により、自身がわからなくなっていく

というのがよくあるパターンです。



では、解決法を紹介します。

⑴予防法
①本当の友人 (奥さんも) 等
   良き理解者達の前では飾らない自分で  
   あり続ける事を意識する事。
つまり、公私は徹底的に分ける

定期的に友人との関係を続ける



⑵本来の自分を思い出す方法
①本来の自分は小学生や中学生の頃を
内省すると、思い出せる。

以上で おまけ の考察を終わります。

友達・親友・本当の友達とはなにか?『応用編』

友達とは?

 

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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (※自問自答の方法 記載)

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今回は応用編です。
 
以前の記事で、
私が一番述べたいのは、
"本当の友達とはなにか?"
という論点についてだといいました。
 
 
昨今、『友達』っていったいなんなのか?
 
ネットには正確な答えなどはなく、
悶々と人間関係を結ぶ人々がおり、
友達なんてのはツールだ。といわんばかりに道徳をなくし、自己主義に走り
心にぽっかりと穴が空き、
虚無の人生を歩む人が数多くいるからこそ、
 
今、友達について考えなければならないと考えるからです。
 
 
 
 
私の定義では、
友情とは?
利害関係】であると述べました。
『それは、道具のようなものじゃないか』と
お思いになる方もいるといます。
 
確かに友情とは、利用関係であり、道具のようなものだというのは的を射ています。
しかし、正しくはありません。
 
 
まだ、軽くしか述べていませんが、
実は友情価値には、"分類"があります。
 
①本人の内面的な友情価値 
   (性格が  良い 悪い・・
    考えが  面白い まとも ・・
    話が      面白い まとも ・・
 
本人の外面的な友情価値
   (金持ち 貧乏 中流・・
    有名  無名  普通・・
    肩書きが ある ない 普通・・
    能力が    ある ない  普通・・
    容姿が    綺麗  醜い 普通・・)
 
 
(友情価値については、前回の記事をご覧ください)
 
 
そして私の定義の
本当の友達は、
もちろんだと述べています。
 
 
 
 
これを述べたとたん、
鋭い人は、様々な世に溢れる友情についての話がまとまったのではないでしょうか?
 
ーー
①落ち目になれば本当の友がわかるというがなぜか?
 
解釈
外面に価値を置く友達は、
本当の友ではない。
この発言をした人は、私と本質観が同じである
 
②無職になると友達がいなくなった。
なぜか?
 
解釈 
会社員であるから付き合っていた。
性格が良いから付き合っていたのではない。
仲間の定義で解説しますが、
これは、周りの仲間の目的の邪魔になるパターンで、救えない場合には切り捨てた方がいいという、話に繋がる。
 
③学生時代のように大人になると友人は作れない(知り合いは多いはず。)がなぜか?
 
解釈
社会人は円滑な付き合いのため、
"敬語""マナー"を身につける。
しかし、
それは内面を覆い隠すものでもある。
⬇︎
故に社会人としての(偽物の)あなたの周りにいるのは、
あなたの外面(労働価値 容姿 地位 金)
を利用したい、外面に価値を置いた友達の比率が高くなっていく。
⬇︎
【社会人は"本当の友達"は作づらい】
 
④昔は孤独だったが、
   金を手に入れると友達  彼女もできた。
   金さえあればなんでも手に入ると
   思い込み、人として外道を繰り返す
    拝金主義者がいるが、
   なぜそのような思考になったのだろう?
 
解釈
もっと応用ですね。
こういうのは、推理します。
 
人物をAとする。
Aは過去友達がいなかった。
恐らく理由は次のどれかだろう。
①周りに昔は人がいなかった。
   (供給しても顧客がいない。)
②Aに友情を見いだす人がいなかった
  (供給しても需要がなかった)
③友達になろうとするものを遠ざけた
  (需要はあるのに供給を拒否した)
⬇︎
問の
Aは大人になって、友達なども手にし、
金に魅力されているところを見ると、
恐らく①と③はないx
②の可能性が高いな
(友達が欲しいが人が離れていったパターン)
⬇︎
自分を省みて自己実現をするでもなく、
ただただ友情や彼女を求めたとする時に、
ある日
金を手に入れた。するとどうだろう、自分の性格はどうあれ、
急に人々に肯定され、友人もでき彼女もできた。
(勝者はクズでも肯定される世の中)
⬇︎
なるほど、
"金さえあれば全て手に入るのか。"
と思い込む。
 
なるほど、こういう思考回路か。
であれば、彼は金を失った時に全て失う。
ああいう人間が、金を失うと
友や彼女さえ、全てを失う人間なのだな。
 
と解釈も自由にできるわけです。
ーー 
 
 
このように、様々な場面で定義を応用できますね。
 
 
 
 
ひとつ、疑問に思われてる方もいると思われる問いの一つに
友情を"利用関係"とまとめてしまっても良いのか?という点ですが、
 
これはつまり、
他人を利用するという事は悪い事なのか?
という論点が潜んでいます。
 
これについては、今後記事を書いていきますが、私の定義のみ、述べておきます。
 
他人を利用する事は悪い事なのか?
強要ではない、本人の承諾があれば良い
これが私の定義です。
 
 
 
つまり、
外面に価値を感じ友人になるのも、
内面に価値を感じ友人になるのも、
相手が暗黙の了解をしていればOKという事です。
 
外面に価値を感じてるだけの人を友人にしたい人なんかいるか?
という問いには、『います』と答えます。
 
しかし、
人々が内面に価値を置いてくれているのだと感じてる人が、
実は外面に価値を置いている友人だった時
悲しみを感じる事については、
 
 
ここで説明は省略しますが、
人は
自分の存在意義を求めている
と私は定義しており、
自分の内面に価値を見出してくれる
"本当の友達"の存在は、
自分の存在意義を肯定してくれる存在であり、
人が生きていく上で重要だと感じるものなのかもしれません。
 
この存在意義の定義については、今後記事にしていきますので、
今回は、『友達』というもののみについて述べて終わりとさせていただきます。
 
 
 
 
 
以上 
『本当の友達とは?』
について、紹介しました。
 
このように、
自分の定義を作成しておけば、
どんな問いを作っても
 
今回であれば『友情』について、
時間をかけずとも、
自分の答えを作ることのできます。
 
自問自答による『定義』というのは、
定義=数学の定理
のようなものであるのです。
 
 
 
 
 
 
後書き
 
 
人により、
本当の友達とは?
【困った時に助け合うものだ】
と定義する人がいます。
 
これは、私の定義では、
"仲間"と定義しています。
 
次回、『仲間とは?』について、
述べていこうと思います。