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『考える力』とは?

記事をご覧になる前に


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私の言う、考える力について説明していきます。。が、
面倒な方は以下結論だけ覚えていただければ大丈夫です!!

私の第1の定義
①考える力とは?
【記憶力であり、記憶力がない人は考える力がない。】

よって解決策として・・
②思考の準備
紙とペン 又 電子ノート メモ帳を用意

③自問自答してもその内容を凡人は
忘れてしまう。
なので、後日
同じ問を繰り返してしまう。
その解決策として
『定義のみメモしておくか、覚える』





えー!
そんなバカな。

いやいやそんな事はないだろう。

色々な言葉が聞こえてきそうですが、
これは私の定義ですから、
あなたの意見は違って良いんです。


定義の意味がご理解いただけましたでしょうか?


メモ帳なんて面倒。。。


そう思われた方。

気持ちがとてもわかります。
しかし、凡人はこれしかないんです。
あなたが東大生なら紙とペンは不要だと思います。
あとは、思考するだけですから。

東大生だとしても、記憶力のみで思考していない人もいますから、凡人のあなたも挫けないでくださいね。
(圧倒的に思考スピードはすごいですけど)




以下 納得のいかない方々に対する説明です。


私は初めに
時間をかけて、自問自答とはなにか?

と考えている(自問自答)うちにふと、一つのことに気づきました。


それは、とても早いスピードで
"人は思考していたことを忘れていく"という事 です。



これは試験などを経験された方であれば誰もが経験される事ではないかと思います。


私も若い時期、難関試験について勉強をしていた頃 10冊ほどのテキストを読み終わった後、


ほとんどの知識が曖昧になっている事に苦しみました。



そして私はその学びから、「その問いがでたら思い浮かべるべききっかけとなる”何か”」を思い出す事により、

その知識を連結して引き出しを開けるという事をしていたのですが。。




この壁が自問自答を行う際に立ちはだかりました。

問いに対する答えを重ねるうちに、途中の問いを忘れてしまうのです。


・・

ここで、

別の学びの話をします。

この世界では約2割ものを深く考える人が存在し
約8割の人々はものを深く考えない人

というデータがあるそうです。本当かどうか。それは研究者のみぞ知る事かと思いますが。

しかし、私は妙に納得してしまいました。




世の成功者たちは皆独特な考えを持つ人々だと言います。

世の偉人たちは大衆が考えつかない行いをしたから評価されたのではないでしょうか?

あくまでも仮説ですが、私はこのデータを参照する事にしました。



ここで、このような事が言えます。

この2割の人々を『考える』人
  8割の人々を『考えない』人

と大別します 



そこで、
8割の人々は、本当にものを考えていないのだろうか?私は疑問に思いました。

一度しかない人生について後悔しないためにはどうすればよいか?
自分らしく生きるにはどうすればよいか?等々 深く考えたいけど、答えが出ない。

なぜだろう?

そう悩んでいたのが私自身であり、

考えようともしない人など本当にいるのだろうか?

そんな人はいるはずがない。人が自ら思考を放棄するはずがない。

と若い私はこじつけのように考えました。
(実際は思考放棄をする人もいますが。)





そこで、先ほど申し上げた話を思い出します。

もしかすると
”考えない"
のではなく、
"考えることができない”
のではないか?
なぜなら
”考えていた問いを忘れてしまうから”

そして、ものを深く考える事が出来る人は
は、”以前した思考を忘れない”のではないか?
という仮説を立てました



つまり、私は”考える人と考えない人”の差異を
「”記憶力”の差"」 だと考えたのです。



そこで・・私は絶望しました。
私自身が”考える力=(記憶力)がない”のだという事に。
なぜなら、日頃から
例をだせばキリがないのです。

私は見たものすべてを記憶する人を何人も見た事があります。

しかし私は、昨日食べた夕飯を忘れる始末

昨日の午後8時ごろ何の番組をテレビでやっていて、誰が出演していたのか?


そんなことは全然覚えていません。


それと同じように、「自問自答の問いや途中の答え」を忘れてしまうのです。





では、考える力(記憶力)のある人しか「自問自答を繰り返す」

ことはできないのでしょうか?


考える力のない人は諦めるしかないのでしょうか?



・・



もちろん、そんな事はありません。


対処法として、私が自問自答する際に又ものを考える際に”推奨する方法”があります


それこそが
【①紙に書く 又 PCのノート等に書く】
(どちらでも良いです。 紙だと書くのに時間がかかるため、タイピング出来たほうがより早く自問自答できます。)



なんだ・・・
とお思いでしょうか? 

そうです。心理カウンセラーの方等も、患者の思考を整理し落ち着かせ

心を安定させる時などに使用される方法だそうですが、



これが凡人の ”とても手軽な思考方法”なのです。




記憶力の問題はすぐにカバーできる問題ではありません。

しかし、考えたことを忘れるというのは問題があります。

でしたら文章で残せばいい。と、単純な話なのです。










大胆な仮説で、曖昧だとお思いな方は多いのではないでしょうか?

私自身もこんなシンプルな筈はないだろうと考えておりました。 




しかし、
こうして、大胆に憶測データを参照し、

仮説を立てて自問自答を実践していくうちに、


仮説がある程度的を得ている可能性を感じ始め。 
それはだんだん確信へと変化していきました。




どうやら回りくどいな。。と思われた方もいらっしゃるかと思います。

しかし、なぜ紙をつかって自問自答をするのか?

それを理解しておくことが、私のような凡人の中の凡人が、


思考方法を確立させるための、第一歩にもなるのです。





そして、③の『答えのみ覚えておく』というのは、
質問内容を覚える必要などなく、
自分が最終的に出した答えのみ覚えておきましょう。
という意味です。

理由はもうお分かりかと思いますが、
①そもそも質問を全て記憶できない。
②答えのみ組合せれば、自分の意見がわかる。
などなどの理由などからです。


① ② ③の説明 終

後付け。
【自分で出した定義もさらに、
経験や知識の吸収により、流動変化する】

ということも覚えておくと役に立つと思います。

『私の定義』とは?

記事をご覧になる前に
ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【前書き】(ブログをご覧になる前に)
 

 私は前書きで

私の”定義”をとおして「考える力」を自分のものにしていただきたいと述べていますが、
 
 
私の言う
『定義』とはなにか?

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それは、
自問自答”によって導き出される
あなたから見た、その言葉の本質」の事です
 
自問自答をし、そこで出した定義”のみ”を覚えておく
 
そうすれば、なにかその定義が絡んだ悩みなど問題が出た時にすんなり
あなた”の答えを出す事ができます。
 
それは、その言葉本質を捉えて覚えておくと言うことでもあるわけです。
 
 
自問自答の過程については覚える必要はありません。
その理由については次回にします。
 
 
つまり、
 
○○とは何か?にたいする
あなたの答え」をもつだけで、
 
新たなあなたの意見が形成できますよ。
という意味です。
これが『考える力』につながるんです。
その理由も後述しますね。
 
 
 
 
 
 
文に書くと難しく聞こえますが・・
 
例を出して簡単にひとつ質問してみましょう。
 
 
 
・・
【「カーテン」とは何か?】
 
 
なんの変哲もない、部屋の窓にあるあの「カーテン」です。
 
 
 
Wikipediaにはこうあります
「室内の空間・窓・壁などにつるす布」
 
 
しかし、本当に皆そう思っているのでしょうか? 
そのカーテンを自分でどう定義するかは本来自由なはずです。
 
 
 
『カーテンは地面に敷くもの』 と定義していてもいいわけです。
 
 
その使い方はまちがっている!という必要はありません。
 
その人にとって『カーテンは地面に敷くもの』なのですから。
 
 
 
一般大衆にカーテンってなにか? をわかりやすく伝えるために、
 
あぁ!壁にかけてあるアレの事か
 
とわかるよう工夫されている説明や定義はあっても、
 
 
 
あなた”にとってカーテンがなにか?という答えはネットには載っていません。
 
それが以前お話しした”外”に答えを求める事は”内”に答えを聞いてる事にはならない(自問自答)という根本的理由です。
 
 
なぜなら、”あなた”の事は”あなた”しか知らないからです
 
 
 
つまりここでの「定義」とは
哲学でいえば、主観の事です。
客観はWikipediaにだいたいのってますが、
自分の世界観や主観は自分しか知らないでしょうって事です。
 
自問自答による定義は、
あなたにとっての・あなたのためその対象物に対する『定義・存在意義』なのです。
 
 

このブログのテーマ 『考える力を自分のものにする』

記事をご覧になる前に
 

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【『考える力を自分のものにする事。】
 
・・
 
 
大切なのは、自問自答し続ける事である。
 
経営の神様と言われた松下電機創業者 
松下幸之助は言います。
 
お得意先からどれだけ喜ばれているか、たえず”自問自答すること”がよりよき明日の商売に結びつく
 
 
あの有名なホリエモンこと堀江貴文氏もこう言っています。
思考停止してはならない
 
 
 
もっと名言等を詳しく知りたい方は、
管理人が感銘をうけたこのサイトへ
 
 
 
 
・・
 
 
 
多数の世の中で名を挙げた偉人たちが、
 
思考の大切さについて説いています。
違う業界、違う職業、違う人種だとしても、共通して皆声を合わせて 
 
 
思考についての大切さを言っています。
 
 
私は自問自答というのは
「物事ひとつひとつに懐疑的に自分に問いかけるという思考方法の1つ」だと捉えています。
 
 
 
 
それを学んだ時、私自身はこう考えました。
 
 
思考が大事。
そのうちの自問自答は大切だという事は過去の偉人たちの言葉よりわかった。
 
ただ自問自答とは読んで字のごとく自分に問いかけると言う事なのだろうけれど、
 
自分に問うとははて?
 
何を問うのだろうか?
 
 
 
いろいろ質問形式を作ってみた。
○○とは何か? =『定義』
なぜ○なのか?      =『存在意義』
なにに使うか?    =『目的』
誰が作るのか?      =『作成者』
 
 
しかし、これを問うたところで何の意味があるのだろう?
 
 「会社=利益を上げるために存在する」 
と私が考えたところで、
 
「会社=人を育てるために存在する」 
というかもしれない。
 
 
 
物事の『定義』をWikipediaで調べる事は自問自答になるだろうか?
 
否 インターネット検索=ネット(外側)への問いは自分(内側)への問いではない気がする
 
 
 
 
しかし、物事の『定義』はWikipediaに乗っている事実 
 
これではダメなのか?
 
なぜインターネットで検索すれば答えはのっているのに、自分に問う必要があるのだろうか?
 
また、知識がない自分へ質問しても答えなんて返ってきはしないではないか?
 
布団を知らない人に布団とは何か?を問うても、何か?という”定義”などわからないではないか?
 
 
 
・・
 
 
 
 
考える」とは一体なんだろうか?
 
・・
思考とは一体何であり、なんのために行うのか?』動機
 
自問自答とはどうやって行うのだろうか?
方法
・・
 
当サイトでは、
思考そのものに、
教科書がない事に気付いたこのブログの管理人が、
思考のうち、自問自答とは一体何かという事について、管理人が作成した
 
 
 ”自問自答による私の『定義』”
 
を通して、
考える力」自体を考えるきっかけとなる1ピースとして、
自問自答をする際の参考材料として、
"知性"という"料理"を生み出す食材として、
 
このサイトを利用していただければ幸いです。 
 
 
 
後書き
 
私自身の『定義』というのは、
経験や仮説が増えて行くたびに、
 
自分の中での『答え=定義』・価値観や世界観も変化していきます。
 
世界の正確な『定義』など世界が流動している以上変化していくものでもあるから、私の定義も日々変わっていきます。
これは必然的な修繕でもあります。
 
 
 
ひとつひとつの自問自答について真剣に向き合い作成していきますが、
 
私自身が未熟であり、私の世界観を公開しているに過ぎないかもしれません。
 
 
しかし、この混沌とした時代に確固たる自分を持って光を注ぐためにも、
この思考方法が、みなさんのお役に立てればと思います。