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自問自答の方法

『考える力を養うブログ』

このブログのテーマ 『考える力を自分のものにする』

 

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【『考える力を自分のものにする事。】
 
・・
 
ローマ皇帝マルクス・アウレーリウス
自己の内を見よ。君が絶えず掘り下げさえすればその泉は絶えず湧き出るであろう 』

大切なのは、自問自答し続ける事である。
 
経営の神様と言われた松下電機創業者 
松下幸之助は言います。
 
お得意先からどれだけ喜ばれているか、たえず”自問自答すること”がよりよき明日の商売に結びつく。


 
 
もっと名言等を詳しく知りたい方は、
管理人が感銘をうけたこのサイトへ
 
 
 
 
・・
 
 
 
多数の世の中で名を挙げた偉人たちが、
 
思考の大切さについて説いています。
違う業界、違う職業、違う人種だとしても、共通して皆声を合わせて 
 
 
思考についての大切さを言っています。
 
 
私は自問自答というのは
「物事ひとつひとつに懐疑的に自分に問いかけるという思考方法の1つ」だと捉えています。
 
 
 
 
それを学んだ時、私自身はこう考えました。
 
 
思考が大事。
そのうちの自問自答は大切だという事は過去の偉人たちの言葉よりわかった。
 
ただ自問自答とは読んで字のごとく自分に問いかけると言う事なのだろうけれど、
 
自分に問うとははて?
 
何を問うのだろうか?
 
 
 
いろいろ質問形式を作ってみた。
○○とは何か? =『定義』
なぜ○なのか?      =『存在意義』
なにに使うか?    =『目的』
誰が作るのか?      =『作成者』
 
 
しかし、これを問うたところで何の意味があるのだろう?
 
 「会社=利益を上げるために存在する」 
と私が考えたところで、
 
「会社=人を育てるために存在する」 
というかもしれない。
 
 
 
物事の『定義』をWikipediaで調べる事は自問自答になるだろうか?
 
否 インターネット検索=ネット(外側)への問いは自分(内側)への問いではない気がする
 
 
 
 
しかし、物事の『定義』はWikipediaに乗っている事実 
 
これではダメなのか?
 
なぜインターネットで検索すれば答えはのっているのに、自分に問う必要があるのだろうか?
 
また、知識がない自分へ質問しても答えなんて返ってきはしないではないか?
 
布団を知らない人に布団とは何か?を問うても、何か?という”定義”などわからないではないか?
 
 
 
・・
 
 
 
 
考える」とは一体なんだろうか?
 
・・
思考とは一体何であり、なんのために行うのか?』動機
 
自問自答とはどうやって行うのだろうか?
方法
・・
 
当サイトでは、
思考そのものに、
教科書がない事に気付いたこのブログの管理人が、
思考のうち、自問自答とは一体何かという事について、管理人が作成した
 
 
 ”自問自答による私の『定義』”
 
を通して、
考える力」自体を考えるきっかけとなる1ピースとして、
自問自答をする際の参考材料として、
"知性"という"料理"を生み出す食材として、
 
このサイトを利用していただければ幸いです。 
 
 
 
後書き
 
私自身の『定義』というのは、
経験や仮説が増えて行くたびに、
 
自分の中での『答え=定義』・価値観や世界観も変化していきます。
 
世界の正確な『定義』など世界が流動している以上変化していくものでもあるから、私の定義も日々変わっていきます。
これは必然的な修繕でもあります。
 
 
 
ひとつひとつの自問自答について真剣に向き合い作成していきますが、
 
私自身が未熟であり、私の世界観を公開しているに過ぎないかもしれません。
 
 
しかし、この混沌とした時代に確固たる自分を持って光を注ぐためにも、
この思考方法が、みなさんのお役に立てればと思います。