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自問自答の方法

『考える力を養うブログ』

『私の定義』とは?

ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
 

 

私は前回の記事を通して、「考える力」を自分のものにしていただきたいと述べていますが、

 
 
私の言う
『定義』とはなにか?

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それは、
自問自答”によって導き出される
あなたから見た、その言葉の本質」の事です
 

 
例えば 
 ”善とはなにか?"
というテーマに対する定義を考える時に、

哲学書を読んで、
アウグスティヌスの告白ですとか、
プラトンイデアですとか、
大庭健の善と悪ですとか、
 
そういうものから引用しても、
そうとしか言いえない原理は知る事ができても、
あなたの主観で捉えた世界観・本質観というのは全く違うはずです。
 
そして、あなたの主観で捉えた世界こそあなたの目にうつっている世界の筈です。
 
 
もっとわかりやすく言うと、
動物にとって世界はカラフルではありませんね。
人間に紫外線・赤外線は見えません。
超音波は聞こえません。
子供にとって、モスキートーンは聞こえない音ではありません。
 
世界はカラフルなのか?単色なのか?眩しいのか? 騒がしいのか?静かなのか?
 
どれが”本当”の"答え=定義”なのか?
それは、はっきりわかりません。


しかし、あなたの"答え=定義" であれば、
確かに知っているはずです。

今、実際にあなたの見ている世界がそうです。
あなたの見ている世界は、あなたの世界観(レンズ)を通して見ている世界です。

 
”外”からいくら情報を得ても、私の定義をご覧になったとしても、
その定義に納得ができていなければ、
あなたの世界観は私とは違います。
 

しかし、納得ししっくりきているようであれば、その対象物に対する見ている世界が近いという事でもあります。
 
 
あなたの思うように。あなたが定義づけるように世界は存在し、
あなたが思うように、あなたは悩みを抱えたり、喜んだりします。

 
故にあなた自身の『答え=定義』を作ることは、あなた自身が見ている世界観を知ることにつながり、

あなた自身の世界観を知る事は、世界を理解する事に繋がるのです。 
 
 
なんだか、書いていて壮大なお話に見えますが、とても、単純な話です。

あなた自身の偏見や物事に対する定義と向き合い、

あなた自身とあなたの生きる世界を知り、そこで出逢う対象一つ一つの本質を知って、

どう応用し、対応していくのか?
どう生かせば良いか?
どう生きれば良いか?
どう選択し、解釈すればよいのか?


自問自答をし、
そこで出した定義”のみ”を覚えておけば、
なにかその定義が絡んだ悩みなどが出た時にすんなり
自分の意見を出す事ができます。




いまいち、まだご理解いただけていない方のために、説明を付け加えます  
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【「カーテン」とは何か?】 
なんの変哲もない、部屋の窓にあるあの「カーテン」です。
Wikipediaにはこうあります
『室内の空間・窓・壁などにつるす布』
しかし、本当に皆そう思っているのでしょうか? 
そのカーテンを自分でどう定義するかは本来自由なはずです。
 
『カーテンは地面に敷くもの』 と定義していてもいいわけです。
 その使い方はまちがっている!という必要はありません。
その人にとって『カーテンは地面に敷くもの』なのですから。
一般大衆にカーテンってなにか? をわかりやすく伝えるために、
 
あぁ!壁にかけてあるアレの事か
 
とわかるよう工夫されている説明や定義はあっても、
あなた”にとってカーテンがなにか?という答えはネットには載っていません。
 
それが以前お話しした”外”に答えを求める事は”内”に答えを聞いてる事にはならない(自問自答)という根本的理由です。
  
なぜなら、”あなた”の事は”あなた”しか知らないからです
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『定義』とは?
あなたにとっての・あなたのためその対象物に対する『答え=本質』なのです。
 
まことに人生において出逢う一つ一つのものについて、組織的に誠実に検討しうることほど心を偉大にするものはない。
引用:ローマ皇帝 マルクス・アウレーリウス