自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

自問自答のすすめ

”思考力”を自分のものにする

『定義』とはなにか?

 

 ようこそ

 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
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私の言う『定義』とはなにか?
対象物に対して抱いている本質】の事
 
 
本質とは?
 
対象物の本質は、 普段ははっきりしない事が多いと思いますので、例をだしておきます。
 
例えば、
デートで
水族館に行く理由は、なんでしょうか?
 
好きな女性と魚を見に行くのでしょうか?
2人きりの時間を過ごしたいからでしょうか?
魚が好きでないのなら、何をしに行っているのでしょうか?
 
2人きりになりたいのなら路地裏にでも入ればいいですし、
水が好きなら水道水を見れば良い。
魚が好きなら魚屋さんに行けば良いですよね。
 
 
実は『水族館に行く』と決める際に
 
健全さ、快適さ、二人の時間、少しの感動、雰囲気
非日常感、退屈しない事等
様々なものを求めてはいませんか?
 
これが、私の言う
『水族館に行く』とはなにか?
に対する『本質』です。
(ただし、対象物に対する本質は、人により異なるので、概括的な言葉の意味だと誤解をされないために
『私の(から見た)定義』と呼んでいます)
 
その本質をあぶり出す方法として、
私は自問自答を利用しています。
 
 
 
なぜ?本質を知る必要があるのか?
 
例えば ”善とはなにか?"
というテーマに対する本質を考える時に、
 
哲学書を読んで、
アウグスティヌスの告白ですとか、
プラトンイデアですとか、
大庭健の善と悪ですとか、
 
そういうものから引用しても、
そうとしか言いえない原理は知る事ができても、
あなたの主観で捉えた世界観というのは全く違うはずです。
 
そして、あなたの主観で捉えた世界こそあなたの目にうつっている世界の筈です。
 
 
もっとわかりやすく言うと、
動物にとって世界はカラフルではありませんね。
人間に紫外線・赤外線は見えません。
超音波は聞こえません。
子供にとって、モスキートーンは聞こえない音ではありません。
 
世界はカラフルなのか?単色なのか?眩しいのか? 騒がしいのか?静かなのか?
 
世界とはなにか?
どれが”本当”(客観)なのか?
それは、はっきりわかりません。
 
 
しかし、あなたの"対象物に対する印象や違和感等…あなた自身が抱くその対象物に対する本質" であれば、
確かに知っているはずです。
 
今、実際にあなたの見ている世界がそうです。
あなたの見ている世界は、あなたの世界観(レンズ)を通して見ている世界です。
 
 
”外”からいくら情報(哲学書 学問書等)を得ても、私の定義をご覧になったとしても、
その定義に納得ができていなければ、
あなたの世界観は私とは違います。
 
 
しかし、納得ししっくりきているようであれば、その対象物に対する見ている世界が私と近いという事でもあります。
 
 
あなたの思うように。あなたが定義づけるように世界は存在し、
あなたが思うように、あなたは悩みを抱えたり、喜んだりします。
 
 
故にあなた自身の『本質=定義』をあぶり出す事は、あなた自身が見ている世界観(レンズ)を知ることにつながり、
 
あなた自身の世界観を知る事は、
あなたの生きる世界を理解する事に繋がるのです。 
 
 
なんだか、書いていて壮大なお話に見えますが、とても、単純な話です。
 
(『自分の主観で捉えた世界を知って、世界を理解するなどおかしいじゃないか。』
 
世界を知ろうと本を読んだり、旅をするから世界を理解できるのではないか?とお思いにはなりませんか?
 
これについては、以下をご覧ください。
あなたは読んでいる冊子を"本"と呼びます。
世の中にある物を"物質"と呼び、
目の前にあるりんごを"1個"と呼びますが、
 
はたしてそれは、
本当の客観を述べている本でしょうか?
物質というのが本当の名前でしょうか?
1個.2個と数字がありますが、
目の前のリンゴが実は、個体ではない可能性がありませんか?私たちには1つに見えても、本当の客観はりんごは個体ではない可能性がある事はおわかりでしょうか?
そもそもりんご等、私たちが頭でイメージして存在しているように思っているだけの可能性はありませんか?
 
 
 
よく考え見て欲しいのです。
 
全てこれらの『定義』をつけたのは人間です。
人間の主観で世界(擬似客観)を作り出し、
理解しているのが人間なのです。)
 
自問自答をし、そこであぶりだした
あなたがテーマに対して抱いている『本質=定義』を覚えておけば、
なにかそのテーマが絡んだ問題などが出た時に
 
どういった意味か?
どう解釈すべきか?
どう次にいかせるか?
どんな問を投げかけても、
 
それらに対し、すんなり
”解釈”を出す事ができます。
 
 
いまいち、まだご理解いただけていない方のために、もう少し説明を付け加えます  
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【「カーテン」とは何か?】 
なんの変哲もない、部屋の窓にあるあの「カーテン」です。
Wikipediaにはこうあります
『室内の空間・窓・壁などにつるす布』
しかし、本当に皆そう思っているのでしょうか? 
そのカーテンを自分でどう定義するかは本来自由なはずです。
 
『カーテンは地面に敷くもの』 と定義していてもいいわけです。
 その使い方はまちがっている!という必要はありません。
その人にとって『カーテンは地面に敷くもの』なのですから。
一般大衆にカーテンってなにか? をわかりやすく伝えるために、
 
あぁ!壁にかけてあるアレの事か
 
とわかるよう工夫されている説明や定義はあっても、
”あなた”にとってカーテンがなにか?という答えはネットには載っていません。
 
それが以前お話しした”外”に答えを求める事は”内”に答えを聞いてる事にはならない(自問自答)という根本的理由です。
  
なぜなら、
”あなた”の事は”あなた”しか知らないからです
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『定義』とは?
あなたにとっての、あなたのためその対象物に対する『答え=本質』なのです。
 
まことに人生において出逢う一つ一つのものについて、組織的に誠実に検討しうることほど心を偉大にするものはない。
引用:ローマ皇帝 マルクス・アウレーリウス