自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

自問自答のすすめ

”思考力”を自分のものにする

幸福とはなにか? 『考察編』

 
ようこそ
 
このブログでは、
人生とはなにか?生きる意味は?
など、人類の難問に正面から
私自身が問いを投げかけ【私の定義】を作成し、公開する事により
 
人類の子孫(人類の後輩)たちが
・人生の早い段階で世界を解釈し
・自分自身の『意見』を形成し
・後悔のない人生を歩むために
・料理(作品)の食材(知性)として、誰かの役に立つために・・etc
作成します。
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今回は、幸福とはなにか?についての定義。
 
幸福とは? 【継続的満足】
幸せとは? 【満足 】
幸福になるには?
【満足基準を満たす】
手っ取り早く幸せになるには?
【満足基準を下げる】
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私は以前の記事でこのように定義を作成していきましたが、
『考察編』では、定義作成までの流れをご紹介します。
 
(『考察編』は、実際に
『自問自答』をご自身で行っていただき、
テーマの本質をあぶりだす流れを体験していただく事を目的としていますので、
私の自問自答につきましては、
参考としてご覧ください。)
 
自問自答の方法については、
私のブログの読み方 をご参考ください。
 
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❶辞書等、世の中の定義を集める
 
幸福とは、心が満ち足りていること[1][2]。幸せ(しあわせ)とも。人間は古来より幸福になるための方法に深い関心を寄せてきた。
出典:wikipedhia
 
まとめると【心が満ちている事】とあります。
 
 
辞書などでは
【[名・形動]満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。また、そのさま。】
出典:辞書
まとめると【満ち足りている事、不平不満がない事】 
 
 
私の幸せの定義は、
【満足 =満ち足りている事】 
と考えると、私の定義は今回たまたま辞書と一致しています。
しかし、これはたまたまです。 
 
 
不平不満がなければ皆幸福なのか?疑問です。 
 
❷言葉の使用例等を集める
 
 この使用例は、できるだけ多く集めてください。 
○○って幸せだなー
○○だから幸せ
○○を手に入れてる幸せになりたい。
元気なだけで幸せ
幸福な人
幸福の会 
・・・
要約する 
・幸せだと感じる際の対象はなんでもありうる
・〜だから幸せ。と自由にみなせる。
・幸福という状態がありうる。
・幸福を作る事を目標とする組織 
 
 
 
これに一つ一つ辞書などの定義を当てはめていってください。
 
私の場合は
満ち足りている事。という部分が文章としっくり違和感なく、合致しました。
違和感がなければ、その辞書に書いてある定義が、あなたの定義ともいえます。
 
しかし、
『○○をして幸せ』という例の場合と、
『○○をして幸福』という例を並べてみたときに、、
私の場合、違和感を感じました。
違和感から仮説を立てていきます。
違和感がなければ、定義確定です。
違和感こそが、あなたが見ている世界の対象物の本質への鍵です。)
 
ん?そんな使い方するか?
と感じたと言う事です。
 
そうして、 次の手順に進みます。
❸仮説を立ててみて、一つ一つ自問自答し確定させていく。
 
直感でどんどん仮説をたて、一つ一つ自問自答していきます。
 
今回の場合
仮説①『幸福と幸せ は意味が違う』△
 
常識的な使い方として、
『○○って幸せ』とは言っても、
『○○って幸福』とは言わない。
 が、意味は同じような意味だと感じる。
 
幸福の場合
主に状態を言うように思う。(直感が大事)
しっくりきた。=確定してよい。
 
よって確定し、変換すると
『幸福と幸せは同じ意味だが、状態と瞬間的感覚』確定
 
正しいように思うかどうか。
(正しいと思う場合横に確定と書くとわかりやすいです。 )
 
 
 
 
仮説②『幸せ=満ち足りている事 』確定
 
 
違和感がない。
 
 
先ほどの仮説と組み合わせる 
幸せとは【刹那的な満足】
幸福とは【満ち足りた状態】
 
簡単に変換 
【満足】
【継続的満足】
  
❹出た定義を覚えておく
どこかにメモして覚えておきましょう
 
後書きー
昨今では、
難しい本を読んで、難しい知識を得る事が、
素晴らしい事かのように錯覚しがちです。
 
分厚い哲学書などを読んで、
他人皆が納得せざるを得ない定義を探しても、あなたの人生には
対して役に立ちなどしないはずです。
 
自分で自問自答や、哲学した上での自分の定義のほうが、生きる上で大事だと考えます。哲学書などは、これまでの偉人たち現代的な考え方に至るまでを学び
新たに自分で発想するための材料に過ぎないのです。
 
カントもこのように述べています。