自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

自問自答のすすめ

”思考力”を自分のものにする

友達・親友・本当の友達とはなにか?『応用編』

 

ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (※自問自答の方法 記載)

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今回の定義
友達とは?【友情価値の交換相手】
親友とは?【交換時に気を使わない間柄の相手】
本当の友達とは?【本人自体に価値を感じて交換する相手】
本当の本質?【存在の肯定】
友情とは?【利害関係】
真の友達【家族関係にある友達】
 

 

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今回のお題や定義について、
皆さんはいかがお考えでしょうか。

私の定義にしっくりくる方もいるでしょうか?


(応用編は”私”の定義の活用例ですので、参考程度にご覧ください。)

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昨今、『友達』っていったいなんなのか?
 
ネットには正確な答えなどはなく、
悶々と人間関係を結ぶ人々がおり、
心にぽっかりと穴が空き、
虚無の人生を歩む人が数多くいるからこそ、
 
今、友達について考えなければならないと思います。
 
 
 
 
私の定義では、
友情とは?
利害関係】であると述べました。
『それは、道具のようなものじゃないか』と
お思いになる方もいるといます。
 
確かに友情とは、利用関係であり、道具のようなものだというのは的を射ています。
しかし、正しくはありません。
 
 
軽くしか述べていませんが、
友情価値には分類があります。
①本人自体の友情価値 
   (性格が  良い 悪い・・
    考えが  面白い まとも ・・
    話が      面白い まとも ・・
 
それ以外の友情価値
   (金持ち 貧乏 中流・・
    有名  無名  普通・・
    肩書きが ある ない 普通・・
    能力が    ある ない  普通・・
    容姿が    綺麗  醜い 普通・・)
 
(友情価値については、前回の記事をご覧ください)
 
そして私の定義の
本当の友達は、①だと述べています。
 
 私の世界観に近しい人は、
今回の定義で様々な世に溢れる友情についての話がまとまったのではないでしょうか?
 
ーーーー
①落ち目になれば本当の友がわかるというがなぜか?
 
解釈
外面に価値を置く友達は、
本当の友ではない。ただの友達である。
この発言をした人は、私と本質観が同じである事がわかる。
 
②無職(落ち目)になると友達がいなくなった。なぜか?
 
解釈 
この場合の友達達は、
外面(ステータス 金 趣味が合う 容姿等)
を理由に友達をやっていた。
つまりそもそも、本当の友達ではなかった。
 
無職という外面の人間には価値が感じられないという人が周りに多かっただけ。
日本で社会人をやっていると、こういった友情価値基準を持つ者が多いため、
友情とはそういうものだと錯覚しがちだが、
本当の友達は、恐らくその時でも残るはず。
 
なぜなら、
無職になっても、
内面(性格 考え方 等)は変わらないからだ。
 
無職になったら離れるような友達は、
あなたはその人達にとって道具と同義だったという事だ。使えないから捨てる。
 
その程度の関係性だったという事。
 
 
③学生時代のように大人になると友人は作れない(知り合いは多いはず)がなぜか?
 
解釈
社会人は円滑な付き合いのため、
"敬語"や"マナー"を身につける。
しかし、それは内面を覆い隠すものでもある。(つまり、普段の社会人のあなたは、内面含めて嘘のあなたである)
⬇︎
故に社会人としてのあなたの周りにいるのは、あなた自身内面を覆い隠しているわけですから、内面は見えづらい。
そうなると、自然にあなたの外面に価値を感じた友達の比率が高くなっていく。
⬇︎
【社会人は"本当の友達"は作づらい】
 (△社の社員のAさん。と覚えられるという事は、あなたではなく、△社の社員という点に価値を置く人ばかりとなる。)
 
④昔は孤独だったが、
   金を手に入れると友達  彼女もできた。
   金さえあればなんでも手に入ると
   思い込み、人として外道を繰り返す
    拝金主義者がいるが、
   なぜそのような思考になったのだろう?
 
解釈
もっと応用ですね。
こういうのは、推理します。
 
人物をAとする。
Aは過去友達がいなかった。
恐らく理由は次のどれかだろう。
①周りに昔は人がいなかった。
   (供給しても顧客がいない。)
②Aに友情を見いだす人がいなかった
  (供給しても需要がなかった)
③友達になろうとするものを遠ざけた
  (需要はあるのに供給を拒否した)
⬇︎
問の
Aは大人になって、友達なども手にし、
金に魅力されているところを見ると、
恐らく①と③はないx
②の可能性が高いな
(友達が欲しいが人が離れていったパターン)
⬇︎
自分を省みて自己実現をするでもなく、
ただただ友情や彼女を求めたとする時に、
ある日大金を手に入れた。
するとどうだろう、自分の性格はどうあれ、
急に人々に肯定され、友人もでき彼女もできた。
(内面は変わっていない。
友情市場に対しての需要
"お金を持っている"という一点張りの価値で、友情市場に参戦した形となった)
⬇︎
この流れで
"金さえあれば全て手に入るのか。"
と思い込んだ可能性がある。
 
この仮説が正しければ、
彼は金を失った時に全て失う。
ああいう人間が、金を失うと
友や彼女さえ、全てを失う人間なのかもしれないな。
 
と解釈も自由にできるわけです。
ーー 
 
 
このように、様々な場面で定義を応用できますね。
 
 
 
ひとつ、疑問に思われてる方もいると思われる問いの一つに
友情を"利用関係"とまとめてしまっても良いのか?という点ですが、
 
これはつまり、
【他人を利用するという事は悪い事なのか?】
という論点が潜んでいます。
 
これについては、今後記事を書いていきますが、私の定義のみ、述べておきます。
 
他人を利用する事は悪い事なのか?
強要ではない、本人の承諾があれば良い
これが私の定義です。
 
 
 
つまり、
外面に価値を感じ友人になるのも、
内面に価値を感じ友人になるのも、
相手が暗黙の了解をしていればOKという事です。
 
外面に価値を感じてるだけの人を友人にしたい人なんかいるか?
という問いには、『います』と答えます。
 
しかし、
人々が内面に価値を置いてくれているのだと感じてる人が、
実は外面に価値を置いている友人だった時
悲しみを感じる事については、
 
 
ここで説明は省略しますが、
人は自分自身を肯定して欲しい
と私は定義しており、
自分の内面に価値を見出してくれる
"本当の友達"の存在は、
自分の存在を肯定してくれる存在であり、
人が生きていく上で重要だと感じるものなのかもしれません。
 
この存在意義の定義については、今後記事にしていきますので、
今回は、『友達』というもののみについて述べて終わりとさせていただきます。
 
 
 
以上 
『本当の友達とは?』
について、紹介しました。
 
このように、
自分の定義を作成しておけば、
どんな問いを作っても
 
今回であれば『友情』について、
時間をかけずとも、
自分の答えを作ることのできます。
 
自問自答による『定義』というのは、
定義=数学の定理
のようなものであるのです。
 
 
 
 
 
 
後書き
 
 
人により、
本当の友達とは?
【困った時に助け合うものだ】
と定義する人がいます。
 
これは、私の定義では、
"仲間"と定義しています。
 
次回、『仲間とは?』について、
述べていこうと思います。