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仲間・同盟とはなにか? 『定義編』

仲間・同盟とは?

 

 
ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (※自問自答の方法 記載)
 

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仲間・同盟とは?
それぞれの目的のための、
    協力関係
  "目的"があり、その"協力"をしあう。
 (同盟は主に共闘の協力関係)
 
 
 
某漫画雑誌で言うところの
本当の仲間とは?
それぞれの目的よりも、
   仲間優先する関係
 
言い換えれば、
仲間関係の継続(目的)のための、協力関係
とも言える。
 
 
 
 
 
例てみよう・・
『車のタイヤ』
 
通常の仲間・同盟
4輪タイヤのうち、
一つが傷つけば、
それぞれ協力して補助をしあえば、
一つのタイヤで目的地を目指すよりも、
辿り着ける可能性も高まる。
 
しかし、一つがひどく損傷し、
足を引っ張るようであれば捨て置き、
交換したほうが、目的の達成はしやすくなる。
 
これが通常の仲間・同盟関係です。
 
 
本当の仲間
一つがひどく損傷し、全体の足を引っ張り、
"協力関係が逆に負担になっても"
それぞれの目的よりも前提に、
"仲間の一つが欠けるなら目的を捨てても良い"
と考えるか
"仲間の一つを助けないクズになりたくない"
というような信念を持つ者達による
仲間・同盟関係を言う。
 
 
 
現実的に見れば本末転倒も転倒
大転倒です。
 
仲間が増えれば増えるほど、
"目的達成の可能性が低くなる仲間関係"
でもあるのだから。
 
助けられたほうも、不甲斐ないばかりであるし、
それで、共倒れし全てのタイヤがパンクすれば
さらに申し訳ない。許されても自分で自分を許せるでしょうか?
 
 
きっと現実では
ぬるま湯、甘ちゃんと言われるでしょう。
しかし、そこにはなにか、譲ってならない道徳性を感じます。
熟考の必要がありそうですね。