自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

成功とはなにか?『定義編』

ようこそ

このブログは、自問自答をとおして、

『自分の人生を歩む事』をテーマに、

 

"友とは何か? 人生とはなにか?”

などの様々な難問に対し、

私自身の『定義』を作り

応用していく過程を公開する事で

 

ご覧になった方々の

思考のキッカケになる事を目的に作成しています。

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【前書き】(ブログをご覧になる前に)

このブログのテーマ

『考える力』とは?

『私の定義』とは?

私のブログの読み方 (※自問自答の方法 記載)

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成功者とは、なんでしょうか?
 
ビジネスを確立させ、大金を手にし
いい車に乗り、
綺麗な女性をはべらせ豪遊
している人達の事でしょうか?
 
地道な研究を重ね
新薬の開発に成功した人の事でしょうか?
 
それとも、
世界に名だたる大企業を創業した人の事でしょうか?
 
 
世の成功者と言う言葉にどうしても嫌悪感を覚えてしまい、この定義を作成することにしました。
 
あなたの生きる目的・生きる意味は
『成功者』になる事ですか?
そもそも、『成功』とはなんでしょうか?
 
 
 
それでは今回も、私の定義を紹介します。
今回のテーマでは、辞書やwikipediaと、
私の定義はほぼ同じでした。
 
 
成功とは?
①目的を達成する事
   ②名誉や一定の地位を築く事
 
①『ーに成功する』 『成功させたい。』
②『成功者』 『美容師として成功する』
 
これだけでは辞書を読めばすぐにわかりますから、
この言葉に対する嫌悪感の正体を深く内省し、定義しました。
 
その本質は?
①自分 又 他人の決めた目的の達成
   ②他者の決めた基準の達成
     
 
①の例 
a 自分で登る山を決める
b 他人がおすすめしていたから登る 
c 親が登れというから登る
d 自身の宗派がそうだというからそうする
...
 
②の例 
a 役員は偉い 従業員はつまらない人間
b 高級車にのっていい女つれていい物食べるのが勝ち組
c 高学歴が偉くて 低学歴がゴミ
d 大金持ちが偉くて貧乏人は恥ずかしい 
...
 
 
 
この本質が何を示しているのかというと、こういう事です。
 
成功者にも、①の目的を他人に決めてもらっている者がいたり、②他人に認めてもらう事のために成功を目指している者たちがいる。という事であり、また考える時間を設けていなくても、成功者にはなる事ができると言う事を示しています。
 
そして、そうなると、
成功者=幸せ という式が成り立ちません
成功者=偉い  という式は成り立ちません。
成功者=人格者 であるという式は成り立ちません。
成功者=頭がいい という式は成り立ちません。
成功者=人の役に立った人 という式が成り立つのみです。
よって成功者が皆素晴らしい人であり人生において彼らの言葉が傾聴に値するか?と問えば答えはNOとなるでしょう。
てっとり早く成功するには自分を捨てて②の基準にそえば良いだけだからです。
 
さらにこの事実は、
 
自分の人生の成功はなにか?
自身でしっかり考えて物事を選択するのだと心に刻んでおかなければ、俺は成功者になるんだ!と努力したとしても、実はそれは他人に人生を支配されていただけだった 後悔する人生のモデルのような危険性の高い選択になりうるという事です。 
 
成功者を批判しているのではありません。 
成功者になる事のみを目指してはならないという事です。
 
この世界でなんらかの成功者になりたい場合、同時にその目標が本当に自身の達成したい事か常に自問自答しなければ、自身の幸福などそっちのけで他人の思い通りに生きてしまう事になり、踊らされるだけ踊らされた後、後悔と自責のみが残る事になりかねないのです。 
 
 
 
私がこのブログで自問自答をお勧めする理由は、
こういった社会の求める人間像と個人の幸福との乖離による危険性に自問自答で気づくことができるかもしれない事にあります。
1度しかない人生であり、さらには先人達の無念の果てにせっかく自由に生きていけるようになってきた現代に、ただ考える事を怠った事によって傀儡として生きていかなければならないのは、とても悲しい事だと私は考えます。 
 
 
話がそれてしまいましたので、定義に戻りましょう
 
 
 
それでは、そもそもどれくらいに地位につき、名誉を得ることができれば成功者なのでしょうか?
 
そうですね。そんな定義などどこにも存在せず、自身で判断することになります。

私のブログでいつも言っている、言葉の意味をややこしくしがちな、いつもの定義の登場です

 

名誉・地位の基準は、社会により異なる
 
 
私のブログでは、大切な人たちが、自分で選択した人生を歩み、一度きりしかない人生を生き貫いていただくことを願って書いています。 
どうか誰かが決めたくだらない成功者などという目標など捨て去って、自身で決めた、自身で考えた、そんな答えを見出して、日々を生きていってください。
 

自分の目標を達成している人、あるいは今の自分に本当に満足している人には滅多に出会うものではない。それなのに人生を左右するような問題の選択を大多数の意見に委ねるべきだろうか?

引用:カナダの実業家・作家/キングスレイ・ウォード

参考:知性を探究するサイト|インクワイアリー

 

 

知り合いでもない、大衆に"賞賛される事"が最も大事な事のだろうか?

さらに言えば、何かを"成し遂げる事"が最も大事な事なのだろうか?

何かをなす瞬間は一瞬だ。名誉を感じる時間も長くは続かないだろう。

しかし、日々の生活は365日x生存年数だ。

"どう過ごすか、どう生きるか"を、ないがしろにしてはいないだろうか?