自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

努力とはなにか?『定義編』

 

ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
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努力は報われる。
努力は報われない。
努力なんて、努力してない人が作った逃げ言葉。
追い込まれた時に努力は実る
努力なんてしなくていいんだよ。
 
様々な努力に対する意見や名言があります。
 
では、そもそも努力とはなんでしょうか?
あなたにとって努力はどんなものでしょうか?
 
 
 
それでは、今回の私の定義をご紹介します。
 
努力とは?
目的のために
   ②常識的ではない事を
   ③頑張って
   ④行う事
 
頑張るとは?(2つの意味がある)
①尽力する ②我慢する
 
①目的のない行動を努力とは言わない。
②本人にとって当然だと思う事は努力でない。
③ "適当"に、"喜んで"行った事は努力でない。
④行動しなければ努力ではない。
 
例え
①なんの目的もなく走り回る事を努力と言わない
②当然な事の場合
自分に対しては、
『当然の行いだ。努力しているわけではない』
他者に対しては、
『当然の行いだ。努力とは呼べない。』となる。
③蕎麦が好きで、蕎麦を定期的に食べに行く事は努力ではない。
蕎麦が嫌いだが、実家の蕎麦屋を継ぐため蕎麦を食べ歩けば努力となりうる。(我慢の意味)
④言うまでもない。
 
②が特徴的で、 
継続的努力が必要なものを行おうとすると、
習慣化し、生活で当然の事に昇華するため、
自分への評価が
自分は努力している→自分は努力していない。
に変化する。
 
努力の基準?
人により異なり無数にある
 
 
人は勝手な個々の基準で他者について、
努力しているかどうか判断する。という事です。
 
 
適当に、雑に、おちゃらけて事に当たっても、
それを他人は努力と評価しうる。という事です。
他人の評価というのは実に身勝手なのですね。
 
 
 
私の世界観だと、
 
非常識な人間にとって、
世界は努力家の集団に見えている事になります。
 
同業者が認めた努力のほうが、
自分への評価軸としては、参考になります。
 
努力は報われる時もあれば、報われない時もあります。ただし、
努力しなくても報われる時も、報われない時もあります。
 
努力は必ず報われるというが
 
そもそも、
"努力"を美化しすぎていないだろうか?
 
頑張る。
すなわち尽力して 又 我慢し事に励む者に対し
やりたい事をする
すなわち好んで 又 楽しんで事に励む者がいたとして、
 
どちらが報われそうに見えるだろうか?
 
道端に落ちている努力についての格言は、
慰めの言葉なのかもしれない。

 

 
 
そんな気もするが、違う気もする。
とお思いでしょうか?
 
大丈夫です。なぜならこれは、
"私"の『努力』に対する"定義"だからです。
 
あなたが納得できなければ、
あなた自身で自問自答をすれば、別の"定義"
が作成できるはずです。
(私のブログの読み方 参照)
 
自問自答の定義の意味が、ご理解いただけましたでしょうか?
 
次回、定義の考察編をご覧ください