自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

強さ・本当の強さとはなにか?『応用編』

うこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
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今回のお題や定義について、
皆さんはいかがお考えでしょうか。
 
私の定義にしっくりくる方もいるでしょうか?
 
 
(応用編は”私”の定義の活用例ですので、参考程度にご覧ください。)
 
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回の定義は、
 
強さとは?【"ある基準"の勝負に勝つ力】
勝負の基準?【無数にある】
本当の強さとは?【"目的"を諦めない力】
(PACAを継続する力・目的達成を信じ続ける力)

 

でしたが、
この定義を使っていくと、
世の中に溢れる様々な言葉について、
どんな意味合いで使われているのか。
 
私の世界観で見ていくと、次のように捉える事ができます。
それでは今回の応用編の問答を始めます。
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 強さとは、捨てる事 
      強さとは、受け入れる事
      強さとは、繊細である事
      強さとは、負ける事を恐れない事
      強さとは、親指で腕立て伏せを100回できる事
 
解釈
全て、"どの基準"の強さなのかについて言葉足らずだ。世の中の強さに対する言葉は、
"その基準"について、述べていない。
 
なんのことを言っているのかは、当然わかるだろう。というスタンスなのかもしれないが。
 
5つ目の言葉は、格闘家の名言の一つだ。
このような場合は容易に基準がわかる。
"相手を倒す"勝負においての強さだ。
となると、この勝負においての強みは耐久性握力にあると言っているようにとれる。
 
他4つは基準によってもちろん異なる。
つまり、基準によっては弱さにもなる
 
こういった言葉に違和感を感じる原因は、その基準を明らかにしていないからだ。
 
 
推測してみよう。
 
捨てる事が、
"心の不動さ"の勝負強さを言っているのであれば、どうか?
 
なにかを"持つ"という事は、そのなにかに"頼る"ということでもある。
という事は、なにかありきで、ものを考えるという事であり、それを失えば動揺する。
喪失感により感情が揺れ、心が揺れる。
 
反対に
何も持たない者は、
ない事が当然であるため、そのなにかを失ったりする事がない分、"心は不動"となるため強さになる。
 
ただ、更に強いと言えるものは、そのなにかを持っているのにもかかわらず、持っていない時と同様にどんな事実によっても心が揺らぐ事のない、覚悟のある者ではないだろうか?(今後の記事、覚悟の定義参照)
 
 
この方が、
"心の不動さ"勝負に強いと言える。
もし、捨てる事こそ"心の"強さだと言っているのだとしたら、やや浅薄な印象となる。
 
が、やはりこのように考えていくとしても、
何基準かは推測にすぎないため、
断定する事ができない。
相変わらず世に溢れる言葉というのは、言葉足らずであると解釈できる。
 
 
 
・守りたいものができて初めて強くなれる
    ・人は信念とか使命感で行動する時は果てし無く強くなる。
    ・人間は愛する人や国のために剣を振る
でなければ真の強者になる事は出来ない。
 
 
これらも、"なんの基準"の強さかはわからないが、それは一旦置いておこう。
 
言葉自体は、
自分のために行動する人間よりも、
他者のために行動する人間のほうが"〇〇"の勝負に強い。
と述べている。と解釈できる。
 
これは、(恐怖とはなにか?の定義の応用編)
に繋がる。
『自己防衛よりも、他者貢献を動機とするべきである。』

 

 
 
 弱さを知って強くなれる。 
    強さとは、負けない事なんだよ。
 
この2つの名言は、私の定義どおり強さを解釈している。
 
弱さ知るのは、"確認"の段階。
強さとは"ある基準"の勝負に勝つ力だ。
 
"強さ"に対する本質観が私と同じ人間の言葉なのだと解釈できる。
(自分の定義と同じ定義を持つ人を見つけた場合、その人の過去等を探ってみると、自身も実際にやりそうな行いがある時があります。
過去に存在した自分の世界観と同じor近い世界を生きた人の経験談は、参考にしてみると面白いかもしれません。)
 
 
 
 
 この世においての最大の勝利は自分に勝つ事。ブルース・リー
人に勝つより、自分に勝て 講道館創始者
 
この名言は、とくに世に溢れている。
歌詞としても使い勝手が良いようで、街を歩けば聞こえてくる事がある。
 
自分に勝つ事。
それは、"なんの勝負"においてだろうか?
 
 
これもまた、推測にすぎないが、
①自身の"本能(欲望等)vs意志"において、
"意志に従えば勝ちとする"勝負。
 
②自身の"恐怖vs意志"において
"意志に従えば勝ちとする"勝負。
 
③自身の"感情vs理性"において
"理性に従えば勝ちとする"勝負。
 
これらのうちどれか、または全てだと思う。
 
簡単に言えば、
自分をコントロールする事』だと解釈できる。
泣き叫びたいが→平常心を保ち、
怠けたいのだが→行動し、
逃げ出したいが→踏ん張り立ち向かう。
 
 
ここで、疑問が残る。
自身を制御したからなんだというのだろうか?
 
これも、
あくまで推測にすぎないが、
"目的を達成する"うえで、
自己をコントロールする事が大事だ。と述べているのだと思う。
 
目的を達成するための行動は、ときに、
恐怖や、怒りにより妨げられる。
傷つきそうになれば、辞めたいと思うし、
自尊心を守るために言い訳だって頭に浮かぶ
 
それらを全て押さえこみ、コントロールする事は、いうまでもなく努力を要するが、それこそが、最大の勝利だと彼(ブルース・リー)は言っているのだととることもできる。
 
 
 
 
 大事なのは勝つ事ではなく、"負けない"事だ。
 
 
解釈
私の定義を使えば、
"強さより、弱くない事"が大事なのだと言っていると解釈できる。
 
本人の口から述べなければ、なんの基準か
全て、推測になってしまうのだが、
彼は格闘技の、有名人だ。
やはりここでの強さも、
"相手を倒す"勝負の事を言っているのだと思う。
 
彼が言わんとすることは、
私の定義を使えば、
相手を倒す力よりも、倒されない事が大事』だ。と解釈する事ができる。
 
これは、さきの例で、偉大な格闘家の名言をあげたが、それと同じ事を述べている。
 
格闘技においての強さとは、"耐久力"だ。と、2人の格闘家が述べているようだ。
 
力の定義の応用編から引用すると、
『攻撃する力よりも、守る力の方が大事だ』という解釈も可能になる。
 
 
 
問 許すという事は、強さの証だ。
マハトマ・ガンディー
 
 
これも基準については本人が述べていないので、推測する事しかできないが、
『許す』という行動から、考えてみると、ある程度見えてくる。
 
反対解釈すれば、
『許さない』のは"弱さ"の証だ。となる。
許さないというのは、
認めないという事だ。受け入れる事ができない。嫌い続ける。
 
 
例えば暴力により、傷つけられた事を許さない被害者がいるとする。
 
その加害者の親も憎い、
一族も憎い、
その加害者の住む国すらも憎い。
故に全員許さない。
永遠に許せない程の憎しみを抱いている。
 
 
 
この被害者が、ガンディーの身内だとしよう。
ガンディーといえば、アムリットサール事件において、残虐な暴力を行使したイギリスではなく、
暴力に対して暴力でして返した民衆に失望し、一旦活動を停止した事が印象的な人だ。
(100分で名著:NHK)
 
 
の行動からは、
"許さない気持ちもわかる。憎しみもわかる。だが、許さないまま憎しみによる暴力を働いても、目的は達成できない"
といった気概が感じられる。
 
 
"目的の達成という基準"においての強さの事なのではないか?と、ここで解釈できる。
 
彼が非暴力を貫いたのは、
 
暴力による解決は連鎖を生み、解決に至らない事や、同じことの繰り返しである事を悟ったともとれるし、
暴力により、手に入れた平穏は長続きはしないと考えたのかもしれない。
こちらが暴力を行えば、大義名分を得た相手が大きく有形力を行使し、弾圧にはしると考えたのかもしれない。
 
いずれにしろ、内心で許していないとしても、
行動において許す事は暴力の連鎖を止め、
"植民地支配からの解放"と言う目的を達成するために、
あるべき方向へ歩を進めるために、必要な手段だったのかもしれない。
 
 
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このように、
自分の定義を作成しておけば、
 
今回であれば『強さ』について、
時間をかけずとも、
自分はその対象をどう捉えているのかを把握したことにより、
瞬時にその他の解釈を生み出すことができます。
 
自問自答による『定義』というのは、
定義=数学の定理
のようなものであるのです。
 
以上
応用編を終えます。