自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

自問自答のすすめ

”思考力”を自分のものにする

自由とはなにか?『定義編』

ようこそ

 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『答え=定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”悩みを解決"
"幸せになる"
"強くなる"
”『自分の人生』を歩む"
”世界を理解する"
 
その他様々な場面で必要になる
 
"『考える力』を養う" 
それらを目的に作成します。
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
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自由になりたい。
自由きままに生きる…
様々な自由に対する言葉が世界には溢れています。
あなたにとって、自由とはなんでしょうか?
 
 
 
 
それでは、今回の私の定義をご紹介します。
 

自由とは?

制約されない事
束縛や支配されず、選ばざるをえないわけではなく、他の選択肢をも選べる事。
 
辞書等に、積極的な意味で本性に従う事をもまた、自由という。とあるが、簡単にいうと、
まず、自分の制約(本性)に従い
その他の制約(法律等)から、逃れる事を自由と表現するという事だ。
 
正確にいうと、確かに自分を制約している状態でも、自由と呼ぶ。ならば、制約されない事というのが定義では甘いのではないか?とお思いになるかもしれないが、"自身の"制約により、"その他の"制約から逃れる事であるため、結局制約を逃れる事が自由であるという側面に変わりはない。
 
若干疑念が残るかもしれないが、
混乱を生まないため、簡潔に"制約されない事"とした。
 
 

制約の種類?

①自然発生する制約 
   ②人工的な制約
 
①自然発生する制約の例
 
   ・災害による行動の制約
       道路が壊れていて外に出られない。
   ・環境による行動の制約
       天候が悪く外に出られない。
       暑くて汗を拭く動作をさせられる。
   ・他の自由による行動の制約
       治安が悪いと出歩けない。
       怖い人がいると近寄れない。
       虫が嫌で山に近づけない
       サメがいるからその海は泳げない
   ・人間関係による行動の制約
       嫌われるかもしれないから行動できない
       笑われるかもしれないから挑戦できない
   ・恐怖による行動の制約
       死ぬかもしれないから、できない
       怪我するかもしれないから、できない
 
…まだまだある。
 
②人工的な制約の例
   ・法律上の制約
   ・規則 社則 条例 条約 命令 
   ・信念や意志
 
 
 
豆知識ーーーーーーー0
 
  制約の役割
   ・強者の自由の強化(独裁維持)
   ・秩序の維持・保護(自由の調整)
   ・仕組みの体系化(モデル)
   ・自己の確立(意志の共有)
    役割は多岐にわたるようだ…
 
 制約と内容
    ・罰則のあるもの
    ・条件付きのもの
    ・期限付きのもの
    ・制約を破る事そのものが罰則的なもの
     等様々な内容のものが存在する。
 
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制約から完全に逃れる事はできるか?

社会生活上は不可能
なにもない状態。なんの干渉もない状態でなければ、必ず制約が発生する。
 
 

現代における自由人?

一定の制約の範囲内で、自身を完全にコントロールする者
(考察編参照)
 
例えば、いくら経済的自由な人物だとしても、
人目が気になり、様々な恐怖に怯え、
社会を意識し、一般常識を守り…
といったように制約にがんじがらめにされると、
 
お金は不自由していないので、様々な自分磨きや創造が実際には行えるはずだが、
経済的に裕福である事と信念があるかどうかはもちろん比例せず、通常よくいるお金持ちのおじさん、おばさんになる。
実際あなたも、見かけた事があるはずだ。
同じような犬を飼い、同じような家に住み、
同じような事を考えているような者をだ。
 

自由に生きる方法?

確たる意志・基準・信念等、自身の意思で独自の制約を作り従う事
 
・人目は気にしない。
・恐怖は許容できる不利益なら気にしない
・マナーは過度に気をつけない。
・炎上への恐怖よりも、使命を貫く
・馬鹿にされてもいい。
・感情的にならない。
……
 
人工的な制約でかつ、罰則のある制約を無視すれば、むしろ、不自由になる。
国や地域などのしいた、一定の制約の範囲内にある事が、力関係において弱者である個人の自由の限界ともいえる。
 
起こる事それ自体が罰則としての効果のある制約の場合、その事実を許容できるのであれば、制約から解放される。
 
よって、一定の人工的なルール等の範囲内ではあるが、破っても構わない制約や、破りたい制約を見極め、自己に制約を課し"その意志"に従い、許容できる制約等は無視する。そうする事で、一定の範囲内であれば、自由な状態になる。
 
これは、インサイド・アウトの考え方と似ている。外側に適応化していけば、様々な制約にがんじがらめにされ、よくいる、つまらない人間が完成する。内側に制約を設け、外へ影響する事で、自身の世界を変えていく事や、本当の意味の自由を達成する事は不可能だが、現代の自由人になる事はできる。
 
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今回の定義まとめ
自由とは?
【制約されない事】
制約の種類?
【①自然発生する制約②人工的な制約】
契約から完全に逃れられる?
【社会生活上不可能】
現代における自由人?
【一定の制約の範囲内で、自身を完全にコントロールする者】
 
あとがき
 
自身のその形成した意志が、果たして自由な意志と呼べるのか?といった話などはここでとりあげなかった。
 
人は、恐怖を感じる"出来事"等があったが故に、①抵抗するか ②受け入れるか 意志を決定する。
つまり、最初のきっかけは偶然であり、
そこで形成せざるを得なかった意志は自由意志なのか?という話だ。
 
先の話をこの話で言えば、
①抵抗は大きな力には無意味だが、
   小さな力ならどうにかなる。
②受け入れるのなら、制約にがんじがらめになる。
 
①の抵抗が、現代におけるささやかな自由といったところだろうか。完全な自由ではないが、現代における最大限の自由は、個々の抵抗力により異なるということだ。
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そんな気もするが、違う気もする。
とお思いでしょうか?
 
大丈夫です。なぜならこれは、
"私"の『自由』に対する"定義"だからです。
 
あなたが納得できなければ、
あなた自身で自問自答をすれば、別の"定義"
が作成できるはずです。
(私のブログの読み方 参照)
 
自問自答の定義の意味が、ご理解いただけましたでしょうか?
 
次回、定義の考察編をご覧ください