自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

自由とはなにか?『応用編』

ようこそ
 
このブログでは、
”人生とはなにか?生きている意味?”等
様々な難問に対し、
私自身の『定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々が
”世界を理解し、『自分の人生』を歩み始める事" 
それらを目的に作成します。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
ーーーーーーー

f:id:shin-910710:20170911041623j:plain

今回の定義まとめ
自由とは?
【制約されない事】
制約の種類?
【①自然発生する制約②人工的な制約】
制約から完全に逃れられる?
【社会生活上不可能】
現代における自由人?
【一定の制約の範囲内で、自身を完全にコントロールする者】

 

ーーーーーーーー
今回のお題や定義について、
皆さんはいかがお考えでしょうか。 
私の定義にしっくりくる方もいるでしょうか?
(応用編は”私”の定義の活用例ですので、参考程度にご覧ください。)
ーーーーーーーーーーーーーーー0
 
この定義を使っていくと、
世の中に溢れる様々な言葉について、
どんな意味合いで使われているのか。
 
私の世界観で見ていくと、次のように捉える事ができます。
それでは今回の応用編の問答を始めます。
………………………………………

《悩み編》

問 自由になりたい。
 
あなたは考えなければならない。
なんの制約に縛られたくないのか?をだ。
 
制約の数は無数にある
そのどの制約から自由になるのかが重要なのだ。定義編でも述べたが、完全な自由は現代の社会人においては不可能だ。
よって、縛られたくない制約を選び、その制約に縛られないための制約を作成する必要がある。
 
例えば、くよくよと小さな事に悩み、どうでもいい他者に怒りを感じ、日々ストレスを溜め込みがちな人がいるとする。
 
その人がもし、こんな自分が嫌で、もっと
楽しく生きて生きたいと願うなら、
一、毎日、楽しいと感じるもののみを意識して生活する。
 一、怒りは自らの弱さだと理解し、自らを戒め、きっかけをくれたその他者に感謝をする。
 一、小さな事に悩んでいる事に気付けたら、好きな音楽を聞くようにする。
等と適当に決意してみたらいい。
 
例えその決意が、
人に笑われ、愚かだと言われ、子供だと言われても、決意を貫く(制約を守る)事だ。
(変な信念でも良いのだ。あなたの自由なのだから。)
 
 
すると、これらを行う事で、このような制約からは逃れられている事になる。
・人目という制約
・小さな事にとらわれる等自尊心による制約
・怒りや憎しみという感情による制約
これらの制約から自由になった。という事だ。
 
 
もちろん、縛られたままで良いと思う制約に抵抗する必要はない。
 
例えばあなたが葬式や結婚式に出席する機会があるとする。
あなたは葬式に派手なドレスで登場しても良いし、結婚式に喪服で登場しても良い。
だが、他者の悲しみや喜びを自分の自由によって、邪魔したくないと思い、無難な格好で出席しよう。と考えるなら、あなたは常識という制約に抵抗しない事を決めたという事だが、それは大いに結構だ。
勝手にすれば良い。
 
信念の形成については、
理想像の形成と同じ過程で作ると良い。
 
理念
ビジョンを決定
細分化した信念を決める
 
生きる意味(色々…生きるとは?参照)
楽しく生きている日々(現在形にする)
・日々楽しい事を中心に探す
・…
・…
 
 
ただし、外側からの制約も日々変化するため、自身の信念や決意等、同じように制約というのは日々変化してよいものなのだと覚えておくと役に立つと思う。
理念もビジョンも徐々に大きくしていっても良いし、変化して良い。
 
 

《名言編》

 
問 人間を自由にできるのは、人間の理性だけである。人間の生活は、理性を失えば失うほどますます不自由になる。
トルストイ 思想家 小説家
 
理性とは
物事の道理を考える能力:辞書とあるが、
反対解釈すれば
ものの道理を考えず、反応的に生きれば生きるほど不自由になる。となる。
 
私の定義を元にそれを考えれば、
定義編で述べたが、不自由になる理由は、
自然発生する制約が原因だ。それに抵抗するために、人工的な制約を作る必要がでてくる。
そして、そのルールを作るのに必要なのが理性であり、それが自由を手にする基本のようなものだと言いたいのだろうと思う。
 
と私は解釈するが、これに対しては反論もあるとは思う。
 
 
問 
・自由とは、自由であるべく、不自由になる事である。
サルトル 哲学者
 
・反対の精神こそが、自由の土台である。従順さは奴隷の土台に違いない。
ソロー 思想家 作家
 
・自由であろうと望んだ瞬間に、人は自由となる。
 
これらの名言は私の定義においてのそれと、同じような事を言っている。
つまり、
・自由とは自己を制約する事
   (自由のための不自由になる事)
・制約に対する抵抗が自由 
   受け入れればがんじがらめになる。
・自身が自由を望む、信念を持つ事
等だ。
自由に対する本質観が似ている偉人達だと解釈できる。
本質観の似ている偉人を見つけたら、その書籍等に目を通せば、その先の深い思想に触れる事で、自分の視野も広める事ができる。
 
 
問 互いに自由を妨げない限度において、
我が自由を拡張する事、これが自由の法則である。カント
 
この名言は私の定義のその先を言っているように思う。
"一定の制約の範囲内で自身に制約をかす"というのが、私の現代的な自由の方法だが、彼の場合、さらにその制約を増やし続ける
事、それが『自由の法則』だと述べている。
 
私は無知なので、正直自由の法則がなんなのかわからない。
こういった、よくわからない言葉や先の思想を見つけたら、書籍やその言葉自体を調べると見識を広めやすい。
 
自問自答している段階では、まだ知識が足りないという事でもあると思う。
知識を増やし、さらに知恵を出す事で思考を深めていくことができる。
 
こういった発見は自身の思考の伸びしろでもある。『自由』という定義はまだまだ深いぞ。といったアドバイスのようなものだと考えたらいい。
 
こういった"その先"を示した名言や言葉は数多くあり、
まだ私自身が未熟なのだと痛感させられる。
 
 
 
問 自由は決して圧制者の方から自発的に与えられることはない。しいたげられている者が要求しなくてはならないのだ。
 
 
圧制者とは、私の定義編・考察編でいうところの"強者"。虐げられている者は"弱者"と言い換えるとわかりやすい。
 
『強者に弱者は自由を主張しろ』
 
と言っている。
これは、(力とは?の定義参照)
弱者は強者に思い通りにされる事からきていると思う。
 
 
 
(強さとは?の定義参照)
社会的弱者(主に暴力・数・知の基準)は、強者が許した制約の範囲内の自由でないと行えず、それに反すれば自らを傷つけられる。
弱者は力を持つものに虐げられざるをえない。そして、強者であればあるほど、自由を手に入れる。強者からの自由がなくなるためだ。
 
強者が弱者への制約の手を緩める事は、自らの自由を一部放棄する事と同じであり、
弱者の側から主張しなければならないというこの名言は、当然の事を言っていることになる。
 
 
弱者は、自由を獲得(強者による制約から)するには
①強者に主張するか,
②強者よりも、強くなる必要がある。
 
もちろん、強くなったところで、さらに強いものが出てくれば制約をかされる。
故に通常は強者にプレゼンする方法を試行錯誤するという側を選ぶと思う。
 
自ら強く鍛えても、弱肉強食が続く中を生き残るより、自らを虐げる強者が侵略などにより交代したとしても、
弱者がプレゼンを極めていれば、いつだって自由を主張できるからだ。
 
 
 
 
では、どう要求すれば良いのか?
 
弱者がこのような要求をするとどうだろう。
・強者は弱者のために苦労すべきだ。
    強者が苦しみ弱者を救う制約を要求する
・強者は弱者より傷つくべきだ。
   弱者のために血を流せ。
 
強者の側に立ってみてほしい。
『なにを言っているのだ?弱者は本来虐げられざるをえない存在。その自分を省みず、私が苦しみ自分は楽がしたい?甘えるなよ。
お前たちを苦しみの目に合わせてやってもいいんだぞ。』
こう考えてもおかしくはない。
 
実際世の中にはこういった制度はある。
社会保障生活保護などはその一例だろう。しかし、この保証や保護はなにも、弱者中心に出来上がったものではない。
強者である国の理念に沿い、長期的に国のビジョンに沿うからこの制度があるのであって、国民個人はたまたまたその国家がしいた制約により利益を享受できているにすぎない。
 
また、現代ではこのような自己中心的な主張を繰り返す事は許されてはいるが、そのせいで要求そのものが陳腐なものになりかねない。
 
 
 
想像してほしい。
あなたはスーパーの会社員だ。
登場人物として、40歳前後の女性アルバイトがいる。その女性は、時給に文句を言い、社員を馬鹿にし、作業に文句を言い、トイレのウォシュレットに文句を言い、仕事のできる青年に文句を言う。
 
彼女の主張は常に、自分勝手で、瑣末で、自己を省みず、典型的なうるさいおばさんだとしよう。
 
実はあなたの勤める会社には問題があり、
パートにろくに休憩時間を与えていない。
勤務時間も、1日15時間を超え、休日も月に1日程度しかない。
(この国には労働基準法なるものは存在しないとしよう。つまり、国は味方してくれない)
 
この彼女が『私たちパートに、休憩時間をよこせ。』との主張をした時、すんなりと会社員であるあなたは、それが重要な問題なのだと自覚し、検討を即座に開始するだろうか?
 
これが、要求の陳腐化に対する問題の例だ。
 
 
正しい要求の方法があるというのがここではわかる。
①何度も繰り返さない事
②重大なものを優先にする事
③自己中心的な主張をしない事
…などだ。
今後これは定義にしていこうと思う。
 
 
 
 
自己中心的な要求はしてはならない。
では、なにを要求すればよいか?
 
このように考えると、
強者と弱者の関係性からして、どう主張するのがベストなのか?といった問は、私の思いつきに偏ってしまうが、
・虐げないほうが強者が得をする
・自由を保障してくれれば、別に保証する。
・お互いのためになる制約を提案する。
等、強者も弱者側もメリットのあるような取引を持ちかける事だ。
 
つまり、
WIN-WIN】の制約への変更を要求をする事。それが弱者が自由を勝ち取るためにすべき、効果的な強者への要求だと思う。
 
力関係・強弱の例ーーーーーーーー
大国>小国≧地域≧団体>個人
多数派>少数派
賢者>馬鹿
ーーーーーーーーーーーー
参考

 

 

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このように、
自分の定義を作成しておけば、
 
今回であれば『自由』について、
時間をかけずとも、
自分はその対象をどう捉えているのかを把握したことにより、
瞬時にその他の解釈を生み出すことができます。
 
自問自答による『定義』というのは、
定義=数学の定理
のようなものであるのです。
 
以上
応用編を終えます。