自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

家族とはなにか?『定義編』

 
ようこそ
 
 このブログは、自問自答をとおして、
『自分の人生を歩む事』をテーマに、
 
"友とは何か? 人生とはなにか?"
などの様々な難問に対し、
私自身の『定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々の
思考のキッカケになる事を目的に作成しています。
 
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【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
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家族は支え合わなければならない。
家族は助け合わなければならない。
家族とは絆
家族は永遠の味方
 
世の中には様々な定義がありますね。
家族の事を考えると、心が温かくもなり、逆に心配にもなり、ときに鬱陶しく思う時もあると思います。
 

あなたにとって、家族とはなんですか?

 
 
それでは今回の私の定義を紹介します。
 
まず、話の前提となる定義からご紹介します。
 
   本来の家族の定義?
一般的には核家族をさし、家族自体に本来意味はない。
   既婚者から見た…配偶者+子供
   未婚者から見た…兄弟+親
 
 
 
   親族とは?
一般的には血族と姻族。
  法律的には6親等内の血族+配偶者+3親等内の姻族
 
 
  『一般的に』という言葉を使いましたが、そうです。ハッキリした家族の形等ないのです。
   英国では召使いも家族です。
   某悪人たちは赤の他人ともファミリーです。
 
 
 
   家族に意味はない。と断言していますが、
  『家族とは〇〇だ。』といった様々な定義は世間ではよく聞く話です。
 
   私のブログをご覧になっていただいている方にはおわかりかと思いますが、
   ご存知の通り、いつもの定義の登場です。
 
   家族の定義は人や家族により異なり、
   それぞれが自由に家族に利用価値を見出して、定義する。よって、
家族の存在意義とは?
立場により異なり無数にある
 
   家族の存在意義に明確な定義等はなく、
  正しい家族等はないという事です。
 
 
 
 
 
 
   そうはいっても家族というものに対して、こういうものだ。
   というイメージをお持ちなのが実際のところかと思います。
 
    例えばこういったイメージです。
  【支え合い、助け合い、信頼し合う関係】
 
   私の定義で『仲間』とは、
  【目的達成のための協力関係】ですが、
   家族の目的が家族全員の充実や安定にあり、
   さらに家族の存在意義が支え合い等にあるとすれば、
   それは仲間=家族という事になります。つまり、
一般的なイメージの家族の定義とは?
仲間の一種
   であるということになります。

 

 
 
   さらに通常の、
  仲間と一般的なイメージの家族との相違点は?
 【強固さ
   にあると言えます。
 
   血縁は切れません。
   法律上も、物理的にも関係を切ることはできません。
   家族という関係は事実上解散していても、
   一生血縁である事に変わりありません。
   切れないのであれば、
   通常協力しあったほうが得であるし、経済的です。
 
   民法にも扶養や保持義務、扶け合いの義務が存在しますが、
   そういった経緯からだと推測します。
 
   仲間は目的が変わったり、
   気が乗らなければいつでも同盟を解除できます。
   家族はそれができません。絶縁したとしてもそれは事実上の解除であって、
   実際は血縁も法律上の親子関係も切れてはいません。
 
 
 
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   仲間の定義や友達の定義で充分お話しましたが、
   家族に暖かみを感じる原因は、
   私の定義では相変わらず
  【存在の肯定(繋がり)
   が原因だと考えます。
 
 
 
   では、
   家族がときに鬱陶しいと感じるのはなぜでしょうか?
   それは主にあなたが子供として家族を捉えた場合だと思います。
   家族が鬱陶しく感じるその原因とは?
 
  【親の立場から見た家族は、
   意識的かつ能動的に手にした、繋がり・絆
   であるのに対し、
   子の立場から見た家族は、
   無意識かつ受動的に手にした、繋がり・絆であると同時に、
   切っても切る事のできなでもある
 
   親は望んで手に入れた絆だが、
   子供は生まれる親を選べない。
 
   受動的にその繋がりを手にしているぶん、
   生まれながらにして動物園の牢にいるようなものであり、
   愛を受け取っていたとしても、窮屈さを感じる事もあるのは当然なのだ。
 
 
 
 
 
 

   家族の定義を通して

   一般的な家族というのは、切れない仲間関係であるから、
   家族助け合い支え合ったほうがお互い得であるし、
 
   人間は本来『愛・繋がり・絆』ともいえる、
   存在の肯定を求めているため、
   通常は自然にお互いを助け合う関係になる。
 
   しかし、家族によっては、
   性的虐待をする親だったり、
   子に自身の夢を重ね、無理やり子の人生を決めるような
   利己的で愚かで、長生きする価値すらもない親もいたり、
   人を殺めるような鬼子を抱える家族もる。
   そういった繋がりは切りたいけど切れない鎖ともなりうる。
 
   家族というのは、原則良いものに見える。
   人が愛を求める以上、暖かい関係性に見える。
   ただし、子供の人権を著しく損なう最悪の鎖にもなる、
   危険性を秘めている関係性でもある 
 
   一概に家族は素晴らしいものだ。とは言えないはずなのだ。
 
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   そんな気もするが、違う気もする。
とお思いでしょうか?
 
大丈夫です。なぜならこれは、
"私"の『家族』に対する"定義"だからです。
 
あなたが納得できなければ、
あなた自身で自問自答をすれば、別の"定義"
が作成できるはずです。
(私のブログの読み方 参照)
 
自問自答の定義の意味が、ご理解いただけましたでしょうか?
 
次回、定義の考察編をご覧ください