自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

情報とはなにか?『応用編』

ようこそ
このブログは、自問自答をとおして、
『自分の人生を歩む事』をテーマに、
 
"友とは何か? 人生とはなにか?"
などの様々な難問に対し、
私自身の『定義』を作り
応用していく過程を公開する事で
 
ご覧になった方々の
思考のキッカケになる事を目的に作成しています。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【前書き】(ブログをご覧になる前に)
私のブログの読み方 (自問自答の方法 記載)
ーーーーーーー

f:id:shin-910710:20171109103714j:plain

今回の定義
情報とは?【知識・知らせ】
情報の価値?【人・目的により変動する】
真実性の高い情報を取得する方法?
【発信者・出来事の、5W1Hを考える事】

ーーーーーーー
目次
 
今回のお題や定義について、
皆さんはいかがお考えでしょうか。
私の定義にしっくりくる方もいるでしょうか?
(応用編は”私”の定義の活用例ですので、参考程度にご覧ください。)
 
定義を使っていくと、
世の中に溢れる様々な言葉について、
どんな意味合いで使われているのか。
私の世界観で見ていくと、次のように捉える事ができます。
それでは、今回の応用編の問答を始めます。
………………………………………

《疑問編》

 
新聞(又NEWS)は読むべきか?
 
この疑問に答えたくて、情報の定義をわざわざ作ったようなものだ。
よくこの問を見かけたり、ニュースで見ることがあったので、自答してみた次第だ。
 
結論から言うと、
人によっては読むと"便利"』程度の事なのだけれど、新聞を読む事が必要か否か?を疑問に思っている人が多いので、それに答えたい。
 
 
 
まず新聞とはなにか?だが
 
新聞とは情報を目に見えるようにしたものである。この時点でわかるが、新聞は情報媒体の1つであるという事がわかる。
 
となると、新聞以外にも、
本 映画 漫画 広告 …等
なんでも情報媒体である事は容易に想像できると思う。
 
では新聞とそれ以外の情報の相違点はなんだろうか?なぜ世の中では新聞推しの人間がいるのだろうか?
 
 
簡単に、新聞にのっている情報をあげると
 
広告 国・世界の出来事 生活知識 経済 株価 
コラム 豆知識 …等があげられる。
 
全国紙ではもちろん、
同じく国に住む人に共通の需要のある広く浅い知識を提供している事がすぐにわかるはずだ。漫画や映画などはコアな情報であったり、創作であったりするのに対し、
新聞は広く浅い現実の出来事を述べたものが、散見される。もちろんデマも数多く存在するし、作者の意図は介入するが。
 
注目すべきはニュースや広告だと思う。世の中の意見や時代の流れが若干読み取れる。
今何が流行っていて、何が注目されているのか?などだ。
 
さらに、情報発信者がわかるため、本と同じように、某掲示板などよりは情報の信用性が高い。(が、信用できるとまでは言えない)
 
 
このような情報だという事がわかる。
 
 
 
 
ではこのような事がわかるとどういったメリットがあるだろうか?
軽く浮かんだものだけあげてみよう。
 
①コミュニケーションツールになる
 
全国の人に共通の需要のある社会の出来事を知るという事は、赤の他人とも共通の話題があるという事になる。
 
②常識人になる
 
通常人は未知な人間を恐れる。
だが、一般的な認識のある人間を人は受け入れやすい。
常識の定義で述べたが
新聞や本を読む人を、大人だ。と表現するのは、大人というのは常識人(その社会においての成熟・精通)を意味するからである。
 
別の言い方をすれば、
変化の激しい現代に生きながら時代錯誤な人間でい続ける危険を回避する事ができる
 
③暇つぶしなる
 
いうまでもない。ゲームと同じようなものである。
 
④その他生活上役に立つ
 
 
簡単にメリットをあげてみたが、
 
新聞を読む必要はあるのか?
考えてみればもうお分かりだと思う。
 
あなたの『人生や仕事の目的による』としか言えない。
 
当たり前だが
あなたが人生に特に目的を設けていないのなら情報は無意味である。
なぜなら情報とは目的がある時に始めて需要が生じる。つまり、価値が生じるからだ。
 
 
例えば、
虚栄心や自尊心を守る目的から知識を集める事自体が目的の者がいれば、情報はどんな豆知識(うんちく)でさえも価値のある情報になる。
 
夢を叶えるという人生の目的がある者がいれば、そこに繋がる情報は夢を叶えるための様々な武器になりうる。
 
仕事で成果を出したいという目的がある者がいれば、情報は顧客とのコミュニケーションや、マナー、業界の流れや社会の大きな流れを知るために使うなど、仕事において武器になりうる。
 
生活で損をしたくないという目的がある者がいれば、損しないための情報は自分を守るために有益なものとなる。
 
情報を武器と表現したが、目的がある場合、
情報は力の一つであると言えると思う。
 
 
 
新聞を読むと役に立ちそうな人をあげるなら以下のような人達だろう。
・常識人になりたい人
・社会人に馴染みたい人
・コミュニケーションに精通したい人
・生活に役立つ知識を得たい人
・世界の流れを知りたい人
普通のサラリーマンなら新聞は見ていて損はないと言えるだろう。
 
 
 
 
以上のように述べてきたが、
 
他人が『新聞を読むべきだ。』というのは、常識人からして、未知な人間は怖く、さらに会話ができず、世間知らずで仕事で使いづらい。等といったところからくる軽蔑や憤り、又アドバイス等だろうとわかる。
 
おもにこのような意見の人が言っているのは全国紙の事だ。
社会に溶け込むために、大人ならまず世間を知り、郷に従え。といったところだろうと思う。
 
私からすれば"大人らしさ"の押し付けに見える。大人である必要性等、他人が想像できる範囲内の人間でなければ社会生活を送る別の人間が安心できないからに他ならない。他人の問題なのだ。
 
実際は、
一定の子供の頃に学ぶ道徳性をある程度身につけていて、犯罪を犯さなければ立派な社会人である。
 
 
 
ここまで述べた新聞は読むべきか?に対する解釈には注意点がある。
新聞は目的によっては有益であると述べたが、なにもこれは新聞に限った話ではない。
 
新聞は読むべきか?と問えば、読んだ方が有益だろう。となる。
が、それはテレビのニュース、アプリのニュース、雑誌、漫画、映画等でも同じ事だ。
 
映画は見たほうがよいか?と問えば、豊かな人生のためには見たほうが良いかもね。となる。
 
肝心なのはなんの情報を武器とするか?
あなたの目的は何か?を明確にして情報を浴びる事である。
情報を武器とするか、盾とするか、
はたまた暇つぶしとするかはあなた次第であり、あなたが必要ないと思ったなら、読まなくても良い。
 
新聞を読む必要があるか?という問は
他人に聞く問題ではない。自分に聞く問題である。
実は、そういう問なのだ。
 
 
 
 
 
 
 
情報社会?
 
当然だが、
造語であることがわかる。
情報本来の意味でなく、
情報社会というひとまとまりで一つの意味となっているという事だ。
 
百科事典をひけばわかるが、
農耕社会や産業社会などと同じような言葉であり、情報産業(情報の収集蓄積・検索・加工・処理・提供などにかかわる産業)が発展するような社会を色々な立場から様々な範囲で定義付けた言葉であり、一般的に利用するには便利だが、
曖昧さの残る言葉であり、世の中の言葉を分かりづらくしている要因の1つだと思う。
 
例えば考察編ですでに述べたのだけれども、
ITとはinformation technology
のことだが、確かに直訳すれば"情報技術"ではあるが、実際使われているのは通信技術やコンピュータ関連の職種において様々な範囲で使われる用語だ。単純に情報技術といっても言葉単体では何の説明にもなっていないし、情報を処理したり加工する技術だとしても、例えば"情報処理技術者"はパソコン関連の資格だが、
言葉通りとらえれば、新聞屋や広告屋もはてはたんなる読者さえ情報処理技術者である。
が、世の中の情報処理技術者はそうなってはいない。
ここでいう情報には、通信関連の意味合いが含まれており、私の定義のいうところの情報ではない。英語訳をしただけの別の意味の情報である。
この"情報"を定義づけするには通信技術の範囲を知るところからスタートしなければならず、稚拙な定義になるのが簡単に想像できたので、定義づけしていない。
 
 

《名言編》

 
 
知恵は知識にまさる パスカル
 
情報は知識を含んでいるように私は解釈する。なので知恵(発想)は知識(情報)に勝ると言っていると解釈できる。
今回名言編での気づきは、次の名言にある。
 
 
想像力は知識という土台の上に作られる エリザベス・スチュアート・エルプス
 
情報の一部が知識だと解した時、
情報という土台があってこそ、創造・発想ができる。アイディアが浮かぶ
と言っているように取ることができる。
 
知恵は情報に勝るとパスカルは言っているが、とどのつまり、情報を集めて知恵を生む。知恵の発現の前段階としての栄養が情報なのだと言い換える事が出来る。
 
これは、基礎のできてないものに、本当に新しいものは生み出せない。温故知新が大事だ。と言った私の恩師の言葉とも若干一致するように思う。
 
 
これはこう応用することが出来る。
例えば、やりたい事がない事で悩んでいたとする。
やりたい事がないという状態は、やりたい事が思い浮かばない。発想できないという状態である。
 
あなた自身のやりたい事は、
学ばなければアイディアさえ浮かばない。
だからやりたい事がないのであれば、
 
それは経験値や情報がそもそも足りないのかもしれないのかもしれないという事だ。
様々な本を読み、様々なことを体験、経験したりする事により、目的それ自体。つまりやりたい事を発想する事が出来るようになる。
 
この世界は、生きるとは?の定義ですでに自答にしたが、生きる意味は誰かに問わず、自分で見出さなければならない。
さらに生きる目的も、自分で経験し、体験し、決めなければ誰かに利用される(RPGでいうところモブキャラ)だけの日々となるだけで、自分を主人公に昇華する事ができない。
 
目的も、問題の解決も、そもそも栄養となる情報なくして発想する事ができない。
ゆえに情報はRPGで言えば経験値でもあり、土台でもあるのだ。 
 
 
 
さらに情報において大事な事は次の名言だ。
 
本には情報が載っているにすぎない。知識は情報を特定の仕事の達成に応用する能力だ。それは人間の頭脳や手技からの発現する。 
情報とは文字ではない。文字で表された知識である。
 
ドラッカーの言うところの知識(ドラッカーの定義)は、少し一般的な定義の知識とは違う。
 私の応用だと知識は一般的な意味で使っていて、さらには情報の一部だが、
ドラッカーは知識と情報は別物だと言っている。その点で定義が全く異なる。
しかし、次の点では同じである。
 
ドラッカーは文字を読み考えるだけでなく、
手を動かす事。そこから生まれるのが知識だ。と言っているが
 
私はそこには共感していて、ドラッカーの知識は私にとっては知恵の事である。
文字以外にも情報は存在し、というより情報とはそもそも文字ではなく、五感で感じるものもまた情報であり、経験や体験、もちろん習慣によっても情報は手に入る。
 
そして本には文字としての知識(情報)が載っているが、"活字のみで優れたアイディアが湧くわけではない”と考える事ができる
 
 
ここまでの名言等を参照すると次のようになる。
 
情報の蓄積+目的=アイディア
情報とは?体験や経験・学問・その他多岐にわたる知識、切り口
 
情報は本を読む事に限られない事は、当然である。
福沢諭吉学問のすすめにも、学問は経験や体験を含むと書いてある
活字だけが情報ではない。
 
 
 
 
 
日本のビジネスマンは地位が上がるほど『現場』を忘れがちなところがある。机の上に積んだ書類を眺めているだけで全てを分かったと思うようになる。これは重大な欠陥である。柴本重理
 
これは先に述べてきた事を、簡潔に述べていると感じる名言のひとつだ。
現場で五感で感じる情報も、情報の一つであり、現場から離れ、数字のみで現場を判断する経営者等の愚かさを述べているのだと思う。
 
情報とは文字ではないのだ。情報はそもそも見えるものではない。
文字を通して情報を得るのが通常だが、
結局得ているのは文字ではなく、情報それ自体である。
 
その情報を本だけ。また数字だけで把握できていると錯覚してしまうのは大いに問題があるというのは明らかだ。それは賃貸物件に足を運ばず、かつ写真も見ずに間取りのみで部屋決めをしているのに等しい。日本のビジネスマンは、偉くなればなるほど、情報に疎くなりがち。という事でもあるのかもしれない。
 
モラルのない人間が、情報を扱うのは、悪魔にタマシイを売り渡すようなものだ。 飯田 亮(セコム創業者)
 
今回旬な名言はこれである。
これは私の定義において述べたい事が端的に述べてある名言の一つだ。
 
情報とは現代において、『』である。
力とは人間にとって物事を思い通りにする作用であり、他者を不自由にする危険な代物である。
正義こそ力を持つべきであり、また力を持つものは正義である必要がある。
 
力とはなにか?の定義で散々述べたが、
力には責任が伴い、さらに他者を不自由にする。悪が力を持てば、正義がねじ伏せられ、かつ害悪にしかならない。
 
私は『現代求められる力』には以下のようなものがあげられると考えている。
『経済・知性・情報・権威』最も国同士においては『武力』も大きな力の一つだろう。
 
これらは全て、
悪に持たすと厄介な代物である。正義がこれを持たなければならない。
悪に負けないためには、とにかく、正義の側の人間はを蓄えなければならない。その鍛錬を怠ってはならない
 
『力』の復習
(金があるものは他者を不自由にできる。
知性を持つものは他者を思い通りにできる。
情報を持つものは他者を不自由にできる。
権威(影響)を持つものは他者を思い通りにできる。
 
知性と情報は違う。
知性とは知恵であり、
情報とは知識である。と私は区別している。
知識バカはいても知性バカはいない。
知恵とは自省する力であり、発想する力、さらに知行合一という言葉があるように、実践する力の意味合いを含む。
 
権威は権力のように、支配し無理やり服従させると行った意味合いを含まない。
歴史が証明するように、そういった権力というのは腐敗し必ず反発をうけて滅ぶ。
現代は情報も溢れており、権力の崩壊を防ぎきる事は難しいからだ。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このように、
自分の定義を作成しておけば、
 
今回であれば『情報』について、
時間をかけずとも、
自分はその対象をどう捉えているのかを把握したことにより、
瞬時にその他の解釈を生み出すことができます。
 
自問自答による『定義』というのは、自分だけの、
数学の定理のようなものであるのです。
 
のようなものであるのです。
 
以上
応用編を終えます。