自問自答のすすめ

『人生が変わる。自分を変える。』

美とはなにか?『定義編』

ようこそ

このブログは、自問自答をとおして、

『自分の人生を歩む事』をテーマに、

 

"友とは何か? 人生とはなにか?”

などの様々な難問に対し、

私自身の『定義』を作り

応用していく過程を公開する事で

 

ご覧になった方々の

思考のキッカケになる事を目的に作成しています。

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【前書き】(ブログをご覧になる前に)

このブログのテーマ

『考える力』とは?

『私の定義』とは?

私のブログの読み方 (※自問自答の方法 記載)

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『お金稼ぎは汚い?』

 

そんな言葉を聞いて違和感を感じ、そもそも汚い。醜い。美しいとは何か?定義を作ることにした。 

 

あなたにとって、美しさ・醜さとはなんですか?

 

 

それでは今回の私の定義をご紹介します。

(自問自答の定義は、あくまで私の定義であるため違和感のある方は、自問自答をしてみてください

 

美とは?

各々の究極的(理想的)な善 

(まず『美』という言葉一つが『愛』と同様で色々な意味で使われており複雑に見えるため、細分化し、一般的な美しいという表現を元に定義付けを行っています。)

 

ちなみに美のテーマは善悪のテーマとほとんどパラレルです。

(善悪のテーマはずいぶん前に私が書いたもので、今よりさらに荒い(適当な)記事なので、読みづらかったらすいません。)

 

 

 

ここでの注意点は【=美】ではなく究極の善=美】であるという点です。 

少しの善を美とは言いません。究極の善こそが美です。 

その美しいと感じる対象物は自身の善を体現した存在なのです。

さらにその善は社会、個人の主観(理念や法・信念)によって変動するというわけです。

 

(何かを見て感動した時、その感動する事自体を美とするいわば体感的なものを美であるというような表現をする人もいますが、私の定義でいくとそれは究極の善=美を目の当たりにした事による興奮・感情だと捉えます。)

 

 

この定義は一体なにを示しているかというと、そうです。 

 

正しい美の基準などこの世にはない

 と言う事です。

そして、じゃあ誰にとって美醜なのかといえばもうお気づきかと思います。

私のブログでいつも言っている、言葉の意味をややこしくしがちな、いつもの定義の登場です

 

美の基準?

人、社会により異なり、無数に基準が存在する

またこの定義により、美とは、個々人の理念にそって発生する事がわかります。

 

善悪のテーマで少しお話ししていますが、人は【理念+目的】からルールを作成しますが、美はそれらに対して、ルールに完全に沿っているものを指します。 

 

さらに美醜は、目的・主体などによっても変動し、無数に存在する事となるわけです。美とは外からやってくるものでなく、内側から湧き上がってきた主体にとっての基準と言う事ですね。 

 

 

 

このように、美の定義というのは、実は哲学的に突き詰めて(例えば共通の美を探すとか無限にありますし)考える事をしなければ、単純なテーマだとわかりました。

 

 

ではなぜ『美』の定義が多少普段わかりづらくなっているのかというと、

世間では美について共通の認識などあるはずもないのにもかかわらず、一定の美が存在すると信じる事に問題があります。 

 そのため、美を科学で説明できるだろうか?などという話になります。正しい美など存在せず、各々が善だと信ずる究極の姿が美だというのに。

 

私の定義で考えると、美は個々人の理念・目的で形成した善悪基準とともに変動するものなのです。しかもそれが各々の数(人間、社会の数)存在するため、無限に基準が存在し、一概にこれが『美』だという事はできないわけです。

 

あなたと私の美が共通する事など偶然に過ぎないのです。それはたまたま同じ時代に生まれ同じような環境に育った為に、理念が同じ場合があるからに他なりません。

 

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いかがでしたでしょうか?

私の定義がみなさんの思考のきっかけになれば幸いです。

 

それでは応用編をお楽しみに